NLPをベースにセミナー、催眠療法、カウンセリング、講演などを通して、お母さんの子育ては勿論、老若男女を問わずサポートしています。 チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

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チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

「自信」

 最近多い話題の一つに、学校の先生のおかしい言動がある。今日もまたあった。それは、学校の宿題(課題)に「やらなければ呪われる)と書いたそうだ。保護者からの指摘で、その先生は「最近やってこない生徒が多いので書いた」と訳分からない答えをしていた。

 

 先日から、罰ゲームと題してのさいころや、数学の問題に「死」に結びつける絵を書いたり・・・情けない先生方が実に多いのは嘆かわしい事だ。さいころゲームにしても「ハグ」そのものや「キス」そのものが悪い訳ではないのに、残念である。

 

 また、子ども達も同じだ。どんなに熱くて汗が出ていてもコートを脱がない子ども達が増えているという。「熱いから脱ぎなさい」と言うとその答えはこうだ。「え、脱いでも良いんですか?」(あきれて物も言えない!)

 

 要するに、自分で「考える」事をしない先生、子ども達が多くなっているのだ。これは、ひとえに「家庭の教育」がなっていないからだ。原因は核家族化や地域の繋がりがなくなってくいている事、などもあるが、まずは教える親たちが、自分に「自信がない」ことからきている、と私は思う。

 自分に自信があるかないかは、「自分を信じるかそうでないか」と言う事である。

 

 私が行った大学は2年生の教養課程で1年間「道徳」授業があった。この通年の授業は学長が行なっていた。私はカトリックの大学だったが、学長(シスター・セント・ジョン=渡邊和子)は37歳で学長になったのは日本で一番若い年齢だそうだ。そしてこの授業が大好きだったのは、カトリックの教えというよりは、学長自らの体験談などを通しての教えだった。

 

 学長は5歳の時、目の前で父親を殺された経験を持っている。渡邊穣太郎さんといえば、お分かりの方も多いだろうが、2・26事件で当時教育長長官だった方だ。先日当時の殺された写真を週刊誌で見たが、この現場にいたとおもうだけで、心が震えてきたのを覚えている。そんな学長も60歳を過ぎてうつ病になったことも言っていらっしゃる。あるがままに生きているかたと今でも私は尊敬している。

 

 そんな授業を受けたせいか(昔の修身)自分の潜在意識、つまり良心にも繋がる事を私は大事にしてきた。子育てを3人してきたが、長女の時など、それまで全く周りに赤ちゃんがいなかった私は最終的に「おっぱいとおむつを変えてたら死にはしない」と覚悟が出来て退院したのが子育ての始まりだった。後は、ただただ先輩ママの言う事を「自分もそうだ」と思う事を行ってきた。

 

 それらは振り返ってみたら「自分を信じてきた」のだと思う。そしてそれは「自信」となる。もっと自分自身を信じて欲しいと私は節に思う。

 

                    ☆ もっとみんな自信を持とうよ! 菅野康子でした ☆




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「東北新幹線開通」

今日新青森までの新幹線が繋がりました。何と暫定開業から28年もかかっているそうです。関係者の方たちの思いはひとしおでしょう。私は九州出身で、東北にはなじみが少ないのですが、今回の開通は何故だかとても心がワクワクしてきます。最近、青森出身の方たちと知り合う事が多いせいでしょうか。東京からたったの3時間半で着くとは!明日にでも行きたい気分なのです。

 

 「いちご煮(青森の有名な汁です。うにとあわびが入っています、元々猟師さん達が浜で食べたのがきっかけだそうです)」や「せんべい汁(南部せんべいの汁用を割って入れるのですが、これが何とも美味しい!翌日も味が強いこんでこれまた美味しいのです♪)」も本場で食べてみたいし・・・!何だか食べ物それも汁ものばかりですね。そうそう、「いかわた」が美味しい!その後の汁にバターとご飯を入れると、これがもう美味しいの何のって!

 

 今日は色んな所でこの開通の記事その他がありましたが、その一つに、昔お父様を戦争で亡くし集団就職列車で東京にいらした方の話もありました。「当時は、蒸気機関車で上野に着くころは顔は真っ黒だったし音もひどかった。しかしこの新幹線の(今日、県人会の方たちと青森に新幹線で帰られたそうだ)静かな事!まるで天国の様だ。」と言っていらした。しかし反面、故郷が近くなればなるほど、故郷への思いは希薄になる。簡単には帰れないからこそ、歯を食いしばって頑張れた」とも言われていた。両方「バランス」に関係しています。

 

 地元の方たちも「東北の活性化に繋がる事にはならない」とも懸念していました。「日帰りが出来たりする事で、支社もいらなくなり、ストロー効果で皆東京に吸い取られる可能性がある」という事。しかしこれも「バランス」だ。私は以前からゆっくりと東北地方を廻りたいと思っていました。きっとそんな人たちも多いと思います。その人たちにとっては、この開通はとても近くに東北を感じていつ行こうか?と思っていると私は思っています。

 

 その昔東海道新幹線に初めて乗った時の事を思い出しました。大学から実家まで今は2時間もあれば帰れるのに、当時は7時間位かかっていたのです。何と便利なものが出来たのか、とても嬉しかったものです。ただ当時の新幹線は横揺れが結構酷かったですが・・。

 

 もうすぐ(来年3月)、鹿児島までも繋がります。本当に日本全体が近くなりますね。鹿児島にも行きたい用事があるので、これも楽しみなのです。何時私は青森に行くのでしょうか?

 

                      ☆ 青森に行きたい 菅野康子でした ☆




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「スポンサーシップ」

 皆様は「スポンサーシップ」という言葉をご存知でしょうか?現在一般的には、スポンサーとは何かにお金を出して貢献する意味で使われていますね。元々は、ラテン語でspondere(約束)に由来した言葉です。おまけですが、同じ語源から発した単語にspouse(配偶者)があります。

 

 この「スポンサーシップ」は、私たちのアイデンティティ(自己認識)レベルに関係しているものです。基本的なスポンサーメッセージと言えば、「あなたはここに存在している」「あなたはここに属している」「私はあなたを見ている」「あなたは価値がある」「あなたは歓迎されている」などなどです。

 

 このスポンサーメッセージは、あなた自身を「安心安全、承認、心穏やか、創造性」などの感覚にします。今の世の中このスポンサーシップメッセージがあまりに少なくなって来ている為、ギスギスした感じです。このメッセージがある会社やお店などは入るとすぐに分かります。

 

 例えば、私の大好きな自由が丘の「山久」さんのご主人はいつもこう言っていらっしゃいます「有難いやね~、こうしてお客様が来てくれて・・・だからもっと美味しい物を作って喜んでもらいたいやね~」と。そこには「お互い様」そしてその前提にはこのスポンサーメッセージがあります。お客様を心から大事にしている姿を私はいつも見ています。だから私自身安心してリラックス出来るのです。

 

 他の私の大好きなお店も皆共通しています。そこには「お客様を大事にする」事が自然と出来ているのです。だからこそ、お客様の方も決して奢った態度はしません。面白いものです。

 

 私の行きつけの美容院は自由が丘の「イマジン」というお店です。ここでも同じものをいつも行く度に感じています。一人ひとりが実に気持が良いのです。決してお客様に媚びているのではなく、自信を持って(その奥にはかなりの努力があると思います)私たち客に接して下さっています。

 

 美容院と言うより、今はヘヤサロンと言うのでしょうか(笑)。しか私が気に入っているのは、ただ頭関係をやるだけでなく、その目的はいらしたお客様の「リラックス」。その為に、「洗顔シャンプー(リンパを流す事によって腰と頭の関係を繋げて結果小顔になる)」や「スカルプエンジング(ある液を頭皮に循環させて、水分補給やその汚れを取る)」などなど(まずこれらだけでもあまりの気持ちよさに私は毎回寝入ってしまっています)、研究者の方たちと体全体と髪の事を考え、開発しています。とにかくリラックス効果抜群です。実際に髪の質がよくなってきています。

 

 先日店長さんとお話をしたのですが、彼自身が私が感じていた事を、「繋げていきたい」とおっしゃっていました。私が行っている意味はここにもその前提に「お客さまの事を考えている」があります。つまり、最初に書いた「スポンサーシップ」とは、いわゆる「当たり前」の事なのです。あえてその語源を持ち出さなくても私たちは既に知っている事なのです。

 

 しかし現実は・・・・この事を知っていても、自分になかなか当てはまらない事も事実です。何かを行なっている時、元々その「目的」があるはずなのに、その事を忘れ、目の前の自分の「楽さ」を取ってしまう事も多々あります。しかし、その心の奥では決して、もし目の前の「楽さ」を取ったとしても、自分自身が何かに引っかかっているはずなのです。自分自身には決して嘘は付けないのです。昔の人はそれらを「良心」と言ったのではないでしょうか。

 

 今この様な世の中だからこそ、この「スポンサーシップメッセージ」が大切だと私は思っています。家族でも、仕事仲間でも、同じです。特にどんな状況であれ「トップ」の人にこれがあれば、下の人たちは自然と変化していきます。これらが拡がっていくと、そこにはイジメや引きこもりうつ病など無くなっていく事でしょう。

 

             ☆ スポンサーシップメッセージを拡げたい 菅野康子でした ☆




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「反応」

ブログを書いていて、何より嬉しい事はコメントを頂く事である。今朝も2人の方かた別の記事について頂いていた。嬉しいのは、「想いの共有」は勿論、私が書いていることから、その真意を読み取って下さり、自分の生活と結びつけていらっしゃる事。

 それこそが私が伝えたい様々な事、しかもそれらは既に私たちは皆「知っているはず」の事ばかりだけれど、改めてその時期に読むと、それらがヒットする。そしてコメントを頂く事で「反応」を私自身が知る。

 

 以前も民主党の方のチラシを私が無言で却下した話を書いたが、その時相手の方は「有難うございました」と言った。これは通常はおかしい事だと覆うが、私の反応がその方にとってはきっと嬉しかったのだと思う(推測であるが)。

 

 日常で私たちは「こんな事は言わなくても相手は分かっているから」などと勝手に思い込み、相手に(家族、友人、仕事関係)言葉で伝えない事が多々あると思われる。伝えない原因は今書いたことも一つだが、いえない時もある。そこには「何故言えないか?」の「肯定的意図」というものがある

 

 その昔私も主人にたった一言「有難う」といったら主人はきっと嬉しいだろうな、私の感謝の気持が伝わるだろうな、と、言葉は喉まで出掛かっているのに、言えないことがあった。その肯定的意図は「認めてほしい」だったと思う。一言「いつも有難う、よく頑張っているね」と言ってくれたら・・・な~んて相手を責めていたのだ。

 

 勿論今はそんなことは全~くない。思ったことはすぐに口で言う。お礼も気になったことも。お陰で我が家は上手くいき始めている。家族一人ひとり皆生まれてきている役割・使命は違う。そんな家族がお互いに「反応」しながらお互いが「気付いていく」そこからコミュニケーションが生まれる。

 

 面倒くさい、関係ない・・・この言葉は自分を守る一つの言葉だと私は思うが、それを持っている限り望む事は本当には叶わない。相手の反応は、自分を表している

 

                    ☆ 反応の有難さに喜ぶ 菅野康子でした ☆




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「世間と社会」

今朝の新聞でこんな記事が載っていた。「電車で化粧をする人はそこは“社会”なので、無関係だから化粧は出来る。しかし一人でも知っている人がいるとそこは“世間”になるから化粧は出来ない」と。

 

 何だかおかしくないですか・・?以前ブログでも書いた様にまず電車の中は「公」の場。皆で気持ちよく過ごすためには最低限のルールがある、と私は思っています。

 

 この論理で行くと、「人は世間は気にするが、社会には無関心」と言う事は、この二つにはどのような違いがあるのでしょうか・・・。知って入る人がいたらそこは「世間」知らない人ばかりの中では「社会」・・確かにこの様に分けることも出来ますが、私にとっては世間も社会も同じです。社会の中に世間というカテゴリーを作ったのではないかと認識しています。

 

 私たちは一般的に「世間」を気にして生きている人が多い様に思います。それは悪い事ばかりではなく、先の化粧の様に気をつける、ことにも繋がっています。しかし「世間」のは何をしてくれるのでしょう?世間体ばかり気にして、自分の思う事を行っていない人を私は多く観てきています。そこには「自分」を見失っているし、自分に責任をとる事をある意味放棄している様に思います。

 

 まだまだこの件についてもかけることは沢山ありそうですが、今日はこの辺で。

 

                          ☆ 世間と社会はどう違う・・? 菅野康子でした ☆




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「エネルギー」

私たちの体は、エネルギー体ですが、この度改めてその事を実感しました。というのも、この所体調不良で食事を取っていなかったのですが、体重は3キロ減るし、起きられるようになってもフラフラするのです。当たり前といえば当たり前なのでしょうが、熱は下がったのに何故こんなにふらつくのか・・・?と思っていました。

 

 そして昨日少々無理をして食事をしたのですが、お見事~! ふらつきは殆ど無くなりました。こうして肉体を持っている間は、私たちは「食べる」事ってとても大事な事なのだと実感したわけです。もともと「食」に私自身は関心が少ない方で、20年位前から1日1食半が平均なので、昨日の1食は見事に、エネルギーに変わってくれたのが分かりました。

 

 食に関心がないといっても、我が家は玄米菜食からマクロビオテイックに変えて既に15年位経ちます。動物性蛋白ではなく、大豆性蛋白をメインに玄米雑穀入りの食事です。いわゆる昔風の「粗食」ですね(笑)。お陰さまで、主人も私も未だ眼鏡なしで新聞その他を見ます。(主人は63歳・・かな?)私は流石に最近白髪が出てきましたが、主人はあまりありません。私に隠れて染めているのではないか・と時々冗談を言うくらいなのです。

 

 今回私は原因不明の体調不良となりましたが、久しぶりに病院に行きましたがやはり血液検査その他調べましたが、原因不明でした。今遺伝子を含めて過去からのものが浮上しているとも言われています。そんな所なのかしら?と私自身は思っています。

 

 毎日の口から入る食事の大切さにしみじみ有難いと思うと共に、マクロパワーを家族で感じています。私が一番我が家の食事をする機会が少ないので、もっと自宅で食事をしなくては、と反省しています。私の場合はこれから「プラーナ」(気)を食べる準備と今までの食事形態をみて思っていましたが、まだまだしっかりと口から元気の元を頂かなくてはいけないのだと思いました。

 

                   ☆ 食事の出来る事に感謝 菅野康子でした ☆




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「我慢の時期」

昨夜のフィギャースケートをご覧になった方は多いと思いますが、日本のフィギャースケート界は、今全盛期ですね♪男女共に3人ずつGPファイナルに出場!楽しみです。若手の台頭、そして結果には繋がらなかったけれど、村主章枝さんの様なベテランも参加(しかしフリーは痛々しいと感じました。色んな考え方があるけれど、彼女から学ぶべきことは多い気がしました)。そして小塚選手は素晴しい演技、精神力でした。優勝おめでとう!

 

 そして浅田真央ちゃんは2年連続GPファイナル進出を逃してしまいました。ファンの一人としては他に何人出ようが、彼女の存在感はとても大きいので、残念で仕方ありません。誰より本人が一番苦しいのだと思います。彼女は言っています「良い時も悪い時もあるので、いずれは出来るとは思うけど、それが早く出来る様にしたい」と。

 

 修正中のジャンプがまだ体になじんでいないとか・・そして体の変化に伴っての修正はこれからの未来の事を考えての為だ。荒川静香さんが言っていたが「いくつもの方法があると、いざという時に迷ってしまう。この飛び方しかない、というのは事実上手くいっている」

 

 私たちも同じですね。「これだ!」と思う事、時は物事は上手くいきます。その様に意識、無意識問わず進むからです。しかしスケートやゴルフなど、体になじんでいたものを修正するには、時間がかかり、そして大量の練習しかないのではないかと思います。私たちが持っている「パターン」もなじんでいるものです。それを変えようとする時は上手くいかないかもしれません、最初は。また元に戻すか、新たな自分の未来を信じるか、でその後が決まってきます。

 

 白鵬さんも5連覇での優勝を果たしたが「責任を果たした、それだけ」と満たされぬ心、横綱としての孤独、を表現していました。また連勝63で止まったあと「心と体が一つになるのに何日間か、かかりました」と言っています。スポーツ(相撲やフィギャーがスポーツではないでしょうが)に携わって私たちに何かを与えてくれる存在の人たちって、一つの事を通して「何かを見つけていく」・・・そしてそれらを私たちが見て感じて学んでいく・・素晴しい方たちだと私は思います。

 

 真央ちゃんに関しては私は彼女を信じてただ「待つ」だけです。彼女の「逃げない」姿勢(向かっていく姿勢)は素晴しいと私は尊敬しています。

 

                ☆ 良い時も悪い時もいつも同じ 菅野康子でした ☆




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「戦争反対!」

 17:30に中国外務省は、緊急記者会見を開くという。そこで「重要な発表」をするという。また、北朝鮮は、攻撃用ミサイルを、黄海沿岸の発射台に設置したという。地対空ミサイルも前線付近に移動とのこと・・・

 中国がどのような発表をするのか・・?とにかく、このまま朝鮮半島をほっといてよいのか?私たちに何が出来るのだろうか・・・。

 

 

      ☆ 相変わらず横になったままの 菅野康子でした ☆




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「自分を観察する」

私たちは日々色んな体験、経験、学びがある。そして「知っている」「理解している」と思っていることは多い。・・・本当だろうか・・・?

 

 私は先週末から始まったNLPのセミナーでも受講者の皆様にこう伝えた「ここで学んだ事と、皆様の日常生活を繋げて下さい」と。どれだけ素敵な事を学んでも、「実践」しなくてはそれらはただの噂話であって、「知識」とは言わない

 

 以前まだ子ども達が小学生だった頃、それぞれの活動の中で(サッカー、バスケ、合唱などなど)親たちのサポートが多々必要だった時期がある。私も3人の子ども達のそれぞれの活動の中で、一緒に参加し楽しみそして忙しかった(笑)。

 

 そんな中で先輩のママたちの中で、いつも目立たないがその方が気付いた事を淡々とやっていらっしゃる方がいらした。例えば人の嫌がりそうなゴミを拾ったり、捨てる所がない時には自分が持って帰っていらした。又、子ども達が集まってコーチの話を聞いている時には、自分の子どもだけでなく周りの皆を眺めて、私から見たらその目はとても「愛に溢れているような」優しい目だった。

 

 その方のお子さんはやはり自然と周りのお子さん達にもコミュニケーションが取れて、失敗も含めて安心して何でもチャレンジしていた様に思う。私もそれらを見て学んだ。

 

 「相手の立場に立ってみる」なども私たちは言葉では実によく分っている(はずだ)。しかしそれが実際にはどんな事なのか、に気付く事は少ない。チームで何かを行なう時に、実際大きな荷物がいくつか出る。それらを運ばなくてはいけない時、振り返ってみたらわが子たちはいつもバレーボールの塊の大袋などを持って帰って来ていた。翌朝満員電車の中に迷惑そうな顔をされても必死で会場まで運んでいた。

 

 自分の言動を見て、振り返ることはとても大切な事だ。「気付く」事はとても大切な事なのだ。それには頭を柔らかくする必要がある。「柔軟性」というものだ。自分自身の「枠組み」の中からだけでは中々「気付かない」。この「枠組み」は別名「パターン」とも言える。

 毎日同じ時間に同じ行動をしている方がもしいたら、たまには違う道、違う電車、違う時間にと、自分の行動を変えてみたら、何かに気付くかもしれません。大事な事はもう一つ「自分を観察する」という事ですね。

 

                           ☆ 自分を振り返ることの大切さを伝えたい 菅野康子でした ☆




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「武蔵小杉のおばあちゃん②」

 お久しぶりで~す!先週末から、体調を崩してしまい・・・いまだ病院以外は横になったまま・という状態でした。毎日更新しているはずのこのブログも書けなかったのは、辛い事でした。ごめんなさい!

 

 そんな中嬉しいコメントが2つありました♪ 今年の4月に書いた「武蔵小杉のおばあちゃん」に関してです。今までに4人の方からそれぞれの思いを頂き、私も今のままで良いとは思っていないので、気にして下さっていらっしゃる方たちがこんなにいらっしゃると思っただけでも「嬉しい」し、その方たちとご一緒に何かできることはないだろうか?と改めて考えている所です。

 

 今の世の中、隣は何をする人ぞ、と全く気にしない人、気にしようとしない人、関わりを持ちたくない人・・・が多くなっている中で、私にとっては何より嬉しいコメントを頂いたわけです。

 

 まず「だるまさん」、11月1日からいらっしゃらないとの事・・・私は今月は先週待つ20日、21日、と武蔵小杉に行きましたが、お会い出来ましたよ。お元気そうでした。私がいつもの様にサンドウィッチをお渡ししたら「いっていらっしゃい」と言って下さいました。「有難う」以外では初めての言葉♪ しかし、時々どちらかに行かれていらっしゃるみたいですね・・。

 

 そして「かずやんさん」、多分同じおばあちゃんだと思いますが、私はバス停の方は分らないのです。そしてかずやんさんのご好意、ご厚意、きっと喜んでいらっしゃいます。「有難う」の時に少しはにかんだ笑顔で言って下さいますよね。

 

 私も最初の時には(昨年の4月)、サンドウィッチをさし上げたのはよいけれど、自分がどんな気持でその行為をしているのか、と自分を疑ったこともありました。しかし、私は小杉にいけるときだけ、決めたことをしよう、と続けているだけです。今はこれ以上はおばあちゃんに迷惑がかかるのかな(心の迷惑)と勝手に思っていただけです。

 

 どちらにせよ、これから寒くなるところ・・武蔵小杉のおばあちゃんにとって、「何が一番ベストな状態なのか?」が分ると良いですね。まずはそこからですね。皆様、本当に有難うございました。これからも情報を宜しくお願いいたします!

 

                   ☆ 心が温かくなった 菅野康子でした ☆

 

 




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