NLPをベースにセミナー、催眠療法、カウンセリング、講演などを通して、お母さんの子育ては勿論、老若男女を問わずサポートしています。 チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

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チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

「信頼って?」

 この所、日常生活において色んな情報が入ってきている。そんな一つに「その人は人を、そして自分を信じる事が出来ているのだろうか?」という出来事が沸いてくる事もあります。直接私に関係する事ではないのですが、家族、友人、受講生、クライアント、同期生(同級生)、仕事関係、色んな方たちからその人にまつわるその人の個人的な相談・悩みを聴く機会があります。

 

 その結果が(話を聴いた後)先ほど書いた「人を信じる事が出来るのだろうか?」に繋がるのです。「人は」と書きましたが、いつも言っている様にそこには「自分を」も含まれます。人を信じる事が出来ない人は自分も信じてはいないのです。またそこには「この人は」とか「あの人なら」とかもないのです。

 

 何が言いたいかと言うと、私たちは一人では生きていません。色んな「繋がり」の中で生活しています。その優先順位がそれぞれの中にありますが、その「優先順位」の「質」をもっと考えたら良いと私は思っています。「この人なら信じられる」、「この人についていこう」などを思う時、それは「質」のジャンルに入ります。万が一たとえ裏切られる事になったとしても、もし自分を信じる事が出来ている人なら「自分の見る目」がなかった(経験不足や知識不足など)と人を責めたりする「被害者意識」にはなりません。あくまで「自分」の向上に目が向きます。(これが「責任意識」です)

 

 しかし現実はなかなか人間そうは行かない様です・・・残念ながら・・・。目先の事を(自分のその時の利益)に目が向くあまり、その他の事がどうやら疎か(おろそか)になる感じです。

 

 「信じる事」が幼い頃から出来ていた私ですが、「信じて頼る」事は最近(私の最近は約10年単位です、笑)分ったのです。私は人を信じていたのですが、「頼る事」は全く出来ていなかったのです。「頼る」とは「命を預ける」事にも繋がっています。

 

 言葉というのはそんなに簡単には出来てはいない様です。意味があるのです。今一度皆様も「信頼」って何だろう?と考えてみるのも面白いかもしれませんよ~♪是非考えてみて下さると幸です。

 

                   ☆誰が本当に信じられますか・・? 菅野康子でした ☆




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「人間性(人柄)」

 今日も朝からノーベル化学賞を受賞したお二人の博士の話題で持ちきりですね。嬉しいことだと私も思います。何と10年間に9人の日本人の受賞ですって!日本の理系は凄いとの記事もありました。そんな中、対談その他の事で、「いつか必ず取ると思っていた」「あの方ならいつも温厚で家族想い」などの言葉が印象に残りました。

 

 私も京都大学院教授の友人がいますが(幼友達。彼は日本の頭脳の10人というアメリカの雑誌にも取り上げられた人です)ノーベル賞以外は殆ど取っていますが、いつか取れると言われながらノーベル賞だけはまだです。しかし今でも必ず取ると思っています。何故なら、彼の「人柄」がそう言わせるのです

 

 人柄だけがよくっても勿論ノーベル賞とは結びつきませんが(その見えない所での努力、アイデア、柔軟性、創造性は推し量りようもありませんが)、彼が取ったら、心からお祝いを言える人柄なのです。細かい所は彼が取ってからまた書きますが(笑)、私が今日言いたかった事は「人柄」って何でしょう?です

 

 またまた投稿欄からの抜粋ですが、2つの記事が目に留まりました。一つは「商売っ毛のない清清しさ」。もう一つは「代金返してくれた」です。この2つの記事は、一つは卓上冷蔵庫(いちいち台所まで冷たい物を取りに行かなくてもよいから)を買いに言ったら「辞めたほうが良いですよ。すぐに使わなくなりますから。何故なら僕もそうでしたから」

 

 そして代金の方は「先日のがんもはパサパサだた。絞りすぎた様だ。家で食べたら“こりゃ駄目だ~”って思った」と言って、がんもの代金を返してくれた話(当人は自分が煮過ぎたせいだと思っていた。しかも自分が何を買ったかも覚えていた、と感激)。

 

 これは、目の前のお金という事より、その先を大事にした何より「誠実」「正直」の話である。この方たちは、きっと黙っていても目の前の売り上げだけを考えての行動も取れたはずだ。しかしそうしなかった。それは何故でしょう・・・
きっとその方たちは「自分に嘘をつけなかったから」ではないでしょうか。

 

 そしてその結果が、相手の方の心を温かくし、こうして投稿までして、更に私にまで伝える事になっているのです。自分に嘘はつけないことこそ、正直といいます人は騙せても自分は騙せないのです。その結果が、目先の事よりず~っと先までその人についていく・・・そんな結果を生むのです。

 

 人柄ってどんな風に表れるのかな・・・?きっとその人の「生き方」それも「自分に嘘を付かない人」ってことなのではないでしょうか・・・?

 

                ☆私も自分には嘘はつかない 菅野康子でした ☆




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「80歳にして身長が0.6cm伸びた」

今朝の投稿欄に「80歳にして身長0.6cm伸びた」のタイトルがあった。この方はご主人を見送って10年。区役所からの「高齢期からの健康作り」という介護予防のアンケートが来た事をきっかけに、「運動機能向上教室」へ入室した。

 

 もともと運動が苦手で何もしなかった為、最近は体形が極端に前かがみになっていたそうだ。連日マシン4台を使って筋肉強化を図ったその3ヵ月後・・・何と身長が0.6cm伸びていたそうだ。彼女にとっては「思いがけない快挙♪」そしてこう結んであった「高齢者の健康管理は他力本願ではなく、自分自身の努力が大事と思い知る事が出来た貴重な3ヶ月だった」と。

 

 実は私も今から約10年くらい前だったか、身長が何と4.5cm伸びた。最近は測定していないのでその後どうなっているか・・・(笑)。このきっかけは、当時グングン身長が伸び始めていた長女のおかげだ。というか、私の負けず嫌いの性格なのか・・。長女が「もうすぐママを抜くね」と言いながら毎日の様に私と身長比べをやった。私は抜かれてなるものか、と必死で体を伸ばす・・

 

 そしてある時とうとう抜かれた・・勿論それは心から喜ばしい事だった。子どもが親を身長であれ何であれ追い越す、という事は親にとっては何とも言いがたい喜びなのだ。

 

 そしてその頃健康診断で2箇所の病院に言った時「168cm」という声が聞こえた。「えっ?スミマセンがもう一度測って下さい」と私。結果は同じだった。そしてもう1箇所の病院でも同じだった。「うわ~、人間いくつになっても身長って伸びるんだ!」と身を持って理解した瞬間だった。

 

 もうお分かりの様に、この80歳の方も、私も、共通している事は「姿勢」だ。前かがみの方が、マシンを使ってもとの体に戻そうとする結果、それは身長も伸びるだろう。そして私も、きっかけは娘に負けまいとして必死で背筋を伸ばし続けたあの頃・・・息子も姿勢を良くした結果身長が伸びた。身長を伸ばしたいと思っている方たちによく聞かれていた。「ホントニ伸びたんですか?」「はい!」

 

 姿勢が大事と知っている私たち。が、つい毎日「楽な姿勢(前かがみやお腹を出す姿勢)」になってしまう。それを本来の背筋を伸ばすだけなのだ。気持が良いし、その結果身長が伸びたら一石二鳥ではないか!

 

 ついでに「口もと」にも触れよう。以前(20代の頃)ご近所のお婆ちゃまから「年取ってる方の口もとを見てごらんなさい。への字になっている人がいるでしょう?きっと毎日怒ってばかりいるのかもね」私はその時「笑顔」「笑う」という事を意識した初めだったかもしれない。だって年を取って、口元が「への字」になっているのは嫌だ、と思ったから。

 

 この80歳の方がおっしゃるように「他力本願ではなく、自分自身の努力」だし、しかも長い間「継続」することによってそれが本物になっていく。そこにあるのは「自分はどうしたいか?」だけである。私もこれからもその様に生きたいと新たに感じた投稿だった。

 

                     ☆全ては自分自身の努力 菅野康子でした ☆




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「子宮頸がんワクチンの危険性」

これは少し以前から言われていた事ですが、そして会員制ブログの方に書くべきかとも思ったのですが、情報の一つとしてやはり多くの皆様に知ってほしくて、このブログに書こうと思いました。内容はご自分で判断されてください。

 

       ***************************

 ☆参考情報:緊急アピール“子宮頸がん予防ワクチンは「民族根絶やしワクチン」”

 

 摂取すると2度と妊娠出来なくなる「子宮頸がんワクチン、サーバリックス」を予防接種として民主党が推進しているとの事です。このワクチンは「民族根絶やしワクチン」なので、女性の方は絶対に摂取しないで下さい

 

 英国の製薬会社グラクソ・スミスクライン(株)は、民主党の鳩山内閣が発足まもなく、子宮頸がん予防ワクチン「サーバリックス」をH21.11月16日に日本国内で製造販売承認を取得し、12月22日から日本で販売を開始。

 

 しかし、ワクチン摂取に、1人当たり約5万円程度の費用がかかる為、摂取が進んでいないので、欧米諸国(約5年前から摂取開始)の様に、公費でワクチン接種の費用全額又は一部を補助しようという運動が全国で起こっている。しかも不思議な事に、これが承認される前から周到に専攻販売的に活動が始まっているのである。それも強制的に摂取させる事まで視野に入れてこの運動が展開されている。

 

 これを推進しているのは「新日本婦人の会(共産党系の団体)、創価学会・公明党、野田聖子を中心とする自民党婦人部、そして鳩山政権発足後にその陰で操っているのが民主党。民主党と自民党の政策集(マニフェスト)でもこれを推進している。

 

 そもそも子宮頸がんとは100%HPV(ヒトパピローマウィルス)というウィルスの感染によって起こるとされている。つまり殆ど性交渉によって人から人へと感染するもの。性交渉のない女性にはHPVはない

 

 癌は基本的には定期健診で早期発見して治療すべきもの。子宮頸がんも同じ事。これも突然に出来るものではない。mずは「異形成」という前がん状態になり、5~10年かかって徐々に出来るもので、可変的な病変なので50%は自然に治るもの。

 

 ところが、この子宮頸がんワクチンに11~14歳の女性を中心に摂取しようとしているのだ。まだ成熟する前のつぼみの状態の子どもに「子宮」の病気のワクチンを集団接種しようとするのはどうしても異常な行為である。

 

 しかもこのワクチンには、アジュバンド(免疫賦活剤又は免疫増強剤)が添加されている。アジュバンドとはもともとペットの去勢・避妊薬として開発されたもの。これを人間に与えると、一切妊娠が出来なくなり以降妊娠したくても不妊治療も出来なくなるもの。完全永久不妊症になる。

 

 少し前にパンデミックで大騒ぎした「新型インフルエンザ」ワクチンにもこのアジュバンドが入っている。大騒ぎというのはマスコミの過剰報道で世界で日本だけが大騒ぎのうえ、大量に買わされただけだった。これも、断種ワクチンであると指摘されていたが、マスコミはこれを全く隠蔽してきた。そして今度は更に強烈な断種ワクチンとして女性に摂取させるものとして開発されたのが、この子宮頸がん予防ワクチン(サーバリックス)なのだ。

 

 ワクチンで癌が予防出来るなら一見素晴しい事の様に思える。しかし決してそうではない。万能な予防薬の様に製薬会社の宣伝に乗らされているだけ。必要のない薬を売りつけたり、危険な薬を安全だと騙して治療に使ったりすることは、医療の目的を逸脱したいわゆる「詐欺行為」なのだ。

 

 これを政治家、官僚(厚生労働省)、製薬会社、医療機関がそれぞれの利権と謀略の為に推進しているのである。三種混合ワクチン問題や薬害エイズ問題であれほど副作用とか薬害の危険性が指摘されてきたのに、今度の左翼政権は確信犯的にこの断種ワクチンの危険性をひたすら隠し通そうとしている。

 

********************************

 まだその具体的な危険性その他沢山書きたいのですが、長くなるのとこれ以上は会員制の方に書くべきだと思うのでこの辺で。

 

                      ☆いつも自分で確かめよう 菅野康子でした ☆




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「人生の基本」

雨の降り始めがよそうより少し遅かった様で、横浜では夜中に降ってきて今は曇り空です。野菜たちが何となくホッとしている感じです。あの暑かった日々を思い出しながら・・・・。さて昨日の最後に小森和子さんの言葉を書いた所まででした。「いかに自分で自分を楽しませるかが、人生の基本よ

 

 この言葉を小森のおばちゃまに伝えた人が私の尊敬するシャーリー・マクレーンです。既にご存知のない方も多いかも知れませんが、ハリウッドの大スターです。しかも1960年代に自らの神秘体験を勇気を持って書籍にした人です。「宇宙・神・そして自分との繋がり」を。今も多くの方達に読まれています。今こそ日の目を浴びている、と言ってもよいかもしれません。

 

 「How to entertain yourself」自分で自分を楽しませる方法を持っている人は「強い」です。どんな状況にあっても、例えそれが苦しい(はずの)状況下でも笑っていける人・・・「悲劇のヒロイン」の反対の人です。では「強い」って何でしょう・・?

 

 小林正観さんの言葉にこんなものがあります。

        「強さ」
     「強さ」とは、主張を通すことでもなく、
     競争することでもなく、
     傷つかぬように 身を守ることでもなく、
     馬鹿にされ、罵られ(ののしられ)、
     辱められ(はずかしめられ)、笑われても、
     笑顔で底から立ち上がってくること。

 

 落合恵子さんは言う(小森和子さんの言葉を紹介していた)。自分で自分を楽しませる方法の幾つかは「持参可能」「持続可能」な能力だと。そして自分は「持参可能」ではないが、何故なら「楽しむ場所も時間帯も限定されている」から。しかし、午前2時頃が自分だけの時間で「カレー作り」や「種子蒔き」をするそうだ。それらは「持続可能」だ。

 

 私自身も思う。どんな苦境であっても、先日書いた様に「平凡な幸せ」の中にも、共通する事はそれらは、全て「自分が作り出している」事、だからこそ「楽しめる」のだ。苦境だとしたら、どの様にどれを乗り越えていくか?そしてそれが解決した時の「喜び」「安心」「嬉しさ」・・・それをイメージしたら「何とかなる!」って思えるのだ。事実私のこれまでの苦境は殆どがこの「何とかなるさ♪」で実際乗り切ってきたように思う。

 

 実際に辛い現実がある時に「楽しもう」「その状況をいかに楽しむかが人生の基本よ」な~んて言われても「冗談じゃないわよ!」とか「貴女はそうでしょうけど、私(僕)は違うよ!」とか「この経験はやった人しか分らないのよ!」とか「言い訳」(申し訳ない言い方であるが、事実です)は沢山ある。

 

 しかし考えてみましょうよ!ちょっと「見方を変えたり」することで、もし少しでも楽になることが出来たら、どんなに今の苦境が違って見えてくるでしょうか・・・? もし「言い訳」ばかりの人生の10年後と、「楽しもう」と思って現在の苦境を捉える事が出来た時の10年後を。 選択するのは「自分自身」です。どちらを選んでも責任は全て「自分」なのです。しかしこれらを言うと、「自分は駄目なんだ」とか「罪悪感を持ったり」とかの方も多いです。そんな事を言っているのではないのですが・・・。

 

 まずは「気持」の問題です。「気持」とは「気を持つ事」です。「気」は「気」です。短期、損気、呑気、病気・・・全て「気」です。その人の持つ「波動」です。「人は楽しい所に集まる」と言いますが、楽しい人の周りにはこの「柔らかな気」があるのではないでしょうか。何か人を温かくする様な、包み込んでくれる様な、そんな、目に見えはしないけれど「気」があるのです。

 

 ここでも同じ事が言えます。ではあなたはどんな「気」を持ってこれから生きたいでしょうか・・?その答えは、最初は「自分の殻」を中からコツコツと破っていく所からではないかと私は思っています。その方法はそれこそ無限にあります。好きな映画に良くもよし、散歩に行くのもよし、セミナーに参加するのもよし、お笑いを見て笑うのもよし、本を読むのもよし、怒リまくるのもよし、・・書いたらきりがないのが「無限」です。方法論は無限にあるのです。後は本物になるまで「持続」すれば良いのです。シンプルです。

 

 好きな事、ワクワクすることなどをやり始めてみましょう!きっと「自分で自分を楽しませるか、という人生の基本」が理解でき始めるかもしれません。間違いなし!(笑)

 

               ☆ 人生を楽しんでいる 菅野康子でした ☆




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「風通しを良くしよう!」

私はかつて学校の父母の会、会長を数回任務したが、そのときの活動の一つに「風通しを良くする会」というものを作った。これは学校(つまり先生がた)と父母のそれぞれの思い(質問なども)、相手側を詰問するのではなく、話し合いによってまず「知る」ことが大事だと思ったからだ。

 

 すぐに解決する事もあったり、数年かかることもあったが、結果としては当時色んな問題を抱えていたので、有益だったと思っている。それにしても思い出すのは、ある先生「このネーミングはまるで風通しが悪いみたいじゃないか!」ですって!(笑い)「ハイハイ」てな感じですが・・・言いたいやつには言わしておけ、または本当に風通しが良いと思っているの?でしたね~。こんな方は「可能性」というものを持っていないのでしょうかね~(苦笑)といいたくなりますが・・・。

 

 私の行っている「セミナー」の中でも、よく例に出すのがこの「風通し」。頭の中に「問題」を抱えていたら(それがスパゲッティ状態)窓をつけ、ドアを開けて、「風」を入れる(つまり他の見方・考え方を学ぶ)事によって、スパゲッティ状態が一口づつ食べられる状態になるよ、って。同じ所をグルグルまわるのは、風通しが悪いからです。「柔軟性や可能性」がこの「風通し」にも大いに関係している。

 

 今日の社説に「窓を開け、風を入れよう」という記事が載っていた。最近の小・中学校の様子を取材して驚いた、「学級」という子どもの集団での人間関係の変わりように、ということだった。

 

 1学級あたりの人数が小学校平均28.1人、中学校平均が33.0人に関わらず(子ども達が通った私立は羨ましがる人数ですね)、クラス全体の一体感は希薄になる一方だと先生達は言っているそうだ。

 

 ご存知の様に、多くの教師や研究者が指摘しているのは「家族と地域社会」の変容だという。私も全く賛成だ。兄弟、祖父母、地域のガキ大将、地域の大人・・そんなふれあいが「個人主義」という間違った方向に捉えた人たちが多くいた為こんな風になってしまったと私は思う。

 

 以前は、兄弟喧嘩をして、また友達と喧嘩をして、その体の痛みや心の痛みを知った。そしてそれを学んだ。しかし現代では、喧嘩を観ようものなら、まず止める。親も先生も。そこからは何も学べない・・。痛みを学べないからだ。すぐに止めてしまうのも、先生は「親」を考えるから。最近の親は「訴訟」を起こす。その「原因」も突き止めずに。それは幼稚園にしても学校にしても、自分達を守らなくてはいけない、とい風になる。かわいそうなのは「子ども」だ。

 

 学校も家庭もどこに目が向いているのだるか?それは「子どもたち」ではないの?この「子ども達がこれからの未来を担っていく」のですよ~!!! しかし現実は学校は親に、親は自分(世間にも)に、目が向いているだ。誰~も当の子どもには目が向いていない。

 

 こんな子ども達は、グループ化して、しかもそこには心からの信頼はない、ただの一緒に群れをなす動物となっている。ちょっと自分が嫌だと思ったら、イジメやシカトが始まる。あっ、動物に悪いか。。。動物は自分の感情だけではイジメはしない(たとえ出産後であろうと)。最近はメールでの「死ね」の連発、しかも多人数で。全くこんな子ども達がどんなに幸せになりうる未来を作っていけるのだろう・・・そこからやられた方は「不登校」が始まる・・・。

 

 解決には親と学校の協力が不可欠なのである。しかも先ほど書いた「風通し」を良くしてから!目先の「学校に行けること」も勿論大事な事だが(何故なら学校は社会の縮図だから子ども達は集団生活で傷みも含めて学ぶべきなのだ)、もっと奥にある「強さ」が大事なのである。親も学校もそして本人も。

 

 今は亡き小森和子さんが生前こう言っていらした。「いかに自分で自分を楽しませるかが、人生の基本よ」と。この先まだまだ長くなりそうなので、この続きは明日にしようと思う。

 

           ☆未来ある子ども達の為にまずは大人から! 菅野康子でした ☆




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「平凡な幸せ」

今日は朝から久しぶりに太陽が出てくれています♪感謝ですね~・・明日からはまた曇りや雨の予報らしいですが、こんな状態の中で私はふと感じました。「何も起こらないこの平凡な日常こそ、幸せなんだ」と。

 

 これはず~っと以前(約25年位前)にも感じた事なのですが、「平凡」こそ「平和」の象徴ではないのでしょうか。毎日勿論様々な事(事件と言ってもよいでしょう)は起こります。しかし贅沢は出来ないかもしれませんが(あまりしたいとも思っていない私ですが)衣食住という3つの基本があって、家族がいるこの状態・・・

 

 家族がいるからこその悩みもあります。そして「いる、いない」、に関係なく人それぞれの「幸せ」があるのです。私の場合その一つが「平凡な幸せ」です。

 

 今日も当たり前の様に主人は仕事に行き、昼休みに帰ってきて食事を取り、また午後の診療に出かけていく・・・子ども達はそれぞれ学校その他に行き、自分の事を全うしている。私は、やるべき事は沢山あれど、今日中にやらなくてはいけないことでもないし・・・と少しリラックスな状態

 

 戦争や喧嘩・争いはこの反対の状況です。そして病気も・・・今日は当たり前に仕事に行った主人ですが、何度も病に倒れた事もありました。子供たちもそうです。死にかけた病気にかかったり、自立神経失調症に悩んだり・・・親たちとの介護・別れもありました。

 

 こうして思い返すとその都度私はそれに向かっていきました。決して逃げずに立ち向かったのです。今から思うとそれは「非凡」な生活でした。だからこその今日の「平凡」が分るのです。あり難いのです・・・。

 

 若いうちは何か非凡な面白い状況を好むと思います。私自身もそうでした。どんどんやると良いと思います。後からその状態を考えたら、とてもそれがあったからこそ「今が幸せなんだ」と思えるのです。必ずです!

 

 人間死ぬときに「やったことを後悔するのではなく、やらなかったことを後悔する」と言います。今日の私は今までのやったことを消化しているからこその言葉だと思います。そしてこれからは、あらたな「夢」があります。自分のそして家族への思いの「夢」が。そんな途中でふと感じた「変凡な幸せ」・・・これから心愛(我が家のパートナーの一匹)とちょっと遠出のお散歩に行こうかな~って思っているところです♪

 

                ☆平凡な幸せの有難さを感じる 菅野康子でした ☆




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「烏(からす)」

 一般的に「カラス」というと、何だか不吉だとかゴミを荒らすだとか、嫌われている鳥のような気がする。が、私は昔から「カラス」が大好きなのだ。だって賢いし、からかうと(カーカーって声を変えて鳴きまねをすると、その時のカラスの反応が実に可愛くて面白いのだ)

 

 カラスが好きだとか書くと「え~!?」って言われそうだが、昨日もテレビでカラスの様々な事をやっていた。笑い転げた私であった。まず、物まねが得意!「犬の声(それも可愛い犬から大きそうな犬の声で)」「ヘーックション(これはおじさんのくしゃみの音の真似)」「こんにちは~」など等。本当に可愛い♪

 

 そして何と「遊び」も真似するのだ。カラスの観察力は実に凄い。公園の滑り台遊んでいた子ども達。それを観ていたカラス・・・誰もいなくなった後の滑り台を登っていき、そして両足でスーっと何度もおりてくるのだ!もうこれまた凄い! 何故なら、この「遊び」というのは高等な知能を持った動物しかやらないそうなのだチンパンジー人間イルカなど。しかしカラスは「遊び」をやっている。

 

 オックスフォード大学ではそのカラスの知能の様々な実験をやっているそうだ。その一つに、深いビンに入ったえさを(カラスは取れない)前におき、その横に「針金」を1本置いた所、何とくるくる回りながら、その針金の先を曲げ、そして口に加えて、曲げた所に中のえさを引っ掛けだしたのだ!その後は、これと言って得意がる様子も見せず、淡々とそのえさを食べていた。

 

 私の地域でのゴミ収集所での話しだが、今は緑の籠になったが以前は青い網を使っていた。ある朝見たら何と2匹のカラス。1匹が青いゴミネットを口で加えながら上げて、そのすきにもう1匹が中にあったゴミ袋を引っ張り出しているのだ!もうなんて賢い!と拍手をしてしまった。(勿論、駄目だからね、と言って折角共同作業していたゴミ袋は私の手によってまたもとの位置に戻ったが・・・)

 

 そして何とカラスは「心が読める」との事。この所はテレビを観られず説明は聴けなかった・・・残念!

 

 何より今でもあの滑り台を滑るカラスを思い出すと笑ってしまう♪ こんな可愛いカラスを皆何故嫌うのだろう?いじめるのだろう?汚すから?頭をつつくから?もっとからすとも、最近めっきり見かけなくなったスズメとか、人間と共存していく方法はないものなのだろう・・? ハナから嫌うのではなく、お互いにきっと助け会えると私は思うのだが・・・。

 

                   ☆カラスも大好き! 菅野康子でした ☆




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「挑戦」

挑戦」という日本語より、「チャレンジ」という英語に変えた方が受け取りやすい人がいるかもしれない。ニュアンスとして、「挑戦」というと、無理な物に対してのがむしゃらに向かっていく、そんな一般的なイメージがあるような気がする。「チャレンジ」はまやってみよう、出来る所まで・・・みたいな~(人によって違うので、あくまで「私は」という意味)

 

 だから、やはり私にとっては「挑戦」と「チャレンジ」の意味合いは少し違う。その奥には同じものがあるから、結果は自分にとって合う言葉を選べばよいとは思う。(何だかややこしい文章でごめんなさい。しかし「言葉」の持つ意味、そしてそれを自分がどの様に受け取るか、で大きく違ってくるのです)

 

 今朝の新聞に「がけっぷちの挑戦 道開いた」とのコラムが載っていた。内容は、司法試験に挑戦して今回が8回目、ラストと決めた「挑戦」の女性(31歳)の話。

 

 彼女は大学2年の頃、弁護士に憧れ、そして6年連続で不合格。その間派遣社員として金融機関・ビジネス関係などをやった。家庭では、母に「見ているのが辛い」と鳴かれる始末・・・そして7回目の挑戦は勉強仲間の4人は合格したが、彼女は不合格・・・。

 

 周りを観ると彼女からしたら「絵に描いたような人生」(結婚・出産など)を着実に進んでいるように見える・・。しかし彼女は未だに家からも出られず奨学金の借金は既に数百万・・。・・・・・・・・しかし、彼女はどうしてもあきらめきれず、しかし今年で最後と決めた司法試験。

 

 発表会場に近付くと喜びと落胆の声が段々近くなってくる・・そして・・・「あった・・・・!」8回目の合格!体が震え、涙がこぼれる・・・そして思った。「苦労は無駄じゃなかった

 

 現在彼女は司法書士の手続きをしている。やっと入り口にたどり着いた彼女、そして彼女は言う「これからも私の道を歩いていく」と。

 

 これは本当に「挑戦」だ。自分の可能性を信じて、しかし今回が最後ときめた「後のない挑戦」だった。ここには「覚悟」がある。そして何より彼女は「夢」を持っていた。きっと大学2年の頃、弁護士の何かを見てその姿を自分の「役割(もしくは使命)」と思ったのだと思う

 

 「夢」は掴むまで追い続けるのだ。周りの諸状況も今回の彼女の様に色々あるだろうが、だ。そうすると「夢」は手に入るのだ。途中であきらめたり止めてしまうから手に入らない、ただそれだけなのだ。シンプルだ。

 

 このコラムはとても私たちに「勇気」を与えてくれる。時間がない、お金がない、友達がない・・・すべてそれらは「言い訳」に過ぎない。やりたくない「口実」に過ぎない。人のせいにしたいだけにしか過ぎないのだ。

 

 そしてそれが早く見つかる人はラッキーだ。彼女みたいに大学2年の頃(つまり20歳の頃)に見つかるのは。それは早く見つけられればそれに越した事はない。それこそ家庭・経済状態などを考慮して・・・。しかし、「自分のやりたいこと」がまだ見つからない場合、決してあせる事はない。その時の判断で行動を起こしていく事だ(結婚も良い。勿論一生懸命は必然)。すると、その中から必ず「繋がるもの」が出てくる。それを考えたら、自ずと自分のやりたいことが見えてくる、そんなものだ。

 

 「挑戦」この言葉は私は好きだ。そして今も私は新たな資格の為に「挑戦」し続けている。可能性を信じているから! 応援お願いしま~す♪

 

                         ☆ 挑戦大好き! 菅野康子でした ☆




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「格言」

私は格言とか諺が好きな一人であるが(何故ならその意味を考えるのがとても楽しいから♪)その一つに良くセミナーの中でも言っている「その人を知りたければ、その人の言っている事よりやっていることをみなさい」(日本の格言)がある。

 

 本当に世の中には「口だけ○○」の人が多いのは事実かもしれないですね。。。やるべき事をやっていてこその「言葉の重み」があるかもしれません。そんな今朝の朝日新聞の「天声人語」にこんな言葉が出ていました。

 

 日本の政権交代について「君は舟なり、庶民は水なり。水は舟を載せ、水は舟を覆す」(な~るほど!面白い)と書いたことのある記者さんがかつて書いた中国の古文からの引用との事です。 庶民は君主を支えるが不満なら引っくり返す(・・・その通りですね!)。

 

 そう書いた所、中国文学の一海知義さんがより辛らつな格言があると教えてくれたそうだ。それは君主を魚に、民衆を水に例えた言葉。「魚、水を失わば死す。水、魚を失うも猶(なお)水たり

 

 う~ん、私は始めての格言だったので、とにかく「面白い!」と思ったわけです。民衆とは支配されつつも支配者の生死を握る恐ろしい存在かもしれないと思う。とその記者さんは書いていた。この引用は北朝鮮についてのコラムだったが、最後に尖閣諸島に触れ、「与野党の争いよりも、東アジアの時空に大きな図を描く政治が欲しい」と結んであった。

 

 全く読んでいてその通りと一人拍手の私! 私たちは目の前の事を着実に処理していく事は当たり前に大事だが、それをやり遂げた後の、その先の事があるから、目の前の事をやるのだ

 

 今我が家に出入りしているある業者の方が、明後日からのタバコの値上げに伴い、禁煙をするとの事。この所会う度にその話をしているのだが、今日もその彼に言った。「今辞めなくてはいけない」とその絵ばかりが目の前にあって苦しいでしょう?」「そうなんです」「それを辞めた後の、家族の喜ぶ顔や、偉いね、の声などを見たり聴いたりしたら楽に辞められるよ

 

 私たちは「何かをしてはいけない」(この場合は「吸ってはいけない」)という否定形は脳が感知しない為、まずはそれをしている事を思い出すのです。するとますます辛くなるのです・・・

 

 またもし「禁煙」が出来なかったとしても、「駄目な人」というアイデンティティレベルではないということ。その行動が出来なかった、という事だけなのです。あなた自身が駄目なわけじゃない、だから決して「罪悪感」などを持つ必要はない。と所詮私たちはその程度・・と気楽に考えた方が物事上手くいくよ・・・って。

 

 何だか格言の話からまた少しずれてきた様ですが、タバコを吸う人へのイジメであるこの値上げは私は腹立たしいですね。しかし受動喫煙の死者が昨年1年間で6800人との記事(本当に受動喫煙だけのせいなのでしょうか・・?)もある中、お互いに節度を守る事が大切なのだと私は思っています。

 

                                            ☆格言大好き 菅野康子でした ☆




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