NLPをベースにセミナー、催眠療法、カウンセリング、講演などを通して、お母さんの子育ては勿論、老若男女を問わずサポートしています。 チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

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チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2

「旧交を温める」

 昨夜大阪からの友人が横浜に滞在との事で、ここ数週間楽しみにしていたのだが、それが実現出来てとても良い時間を過ごす事が出来た。楽しい時間というものは本当にあっという間に過ぎるものだ。

 

 数年に1度、お互いにそれぞれの用事がある時に、私が大阪に行ったり友人がこちらに来たりで会うのだが、会う度にお互いが成長している事に気付く。それぞれの状況を話しながら、これまでの事を承認し、またこれからに繋がる新しい発見をしていく。それらの会話の中で、お互いの人間性が出てくる。今回は特に感じたので、更に嬉しい再会となったわけだ。

 

 私も各地に友人たちがいるが、本当に彼らとの再会がどこに行っても楽しい。私が行く時は余程のことがない限り友人達に会う時間を必ず作る。「何故だろう?」と思う。別にいつも会っていないから、敢えて特に会う必要もないし、メールや電話でもはなしは出来るのに・・・。

 

 それはきっと会うことによって、会話だけではないものを共有出来るからだと私は思う。顔を見て「元気そうだな」「少し疲れているな」など感じる事が出来る。「百聞は一見にしかず」なのだと思う。そして何より「元気になれる!」

 今日も「英国民4人に1人がなんらかの精神的な問題を抱えている。政府は歳出削減の為に医療改革を提案しているが・・」の見出しを見つけた。英国では精神疾患による経済損失額が、昨年1年間で1000ポンド(約13兆円)だという。欧州の中でも特に英国人は深刻な心の問題を抱えているという。抗うつ治療やカウンセリングなどの社会的ケアだけで年間210ポンド以上が費やされているという。何と2003年から75%も増えているという。

 

 精神疾患が原因とされる離職や失業による経済的損失は300ポンド以上(職場におけるパフォーマンス、生産性の低下などは含まれていない)、実際の損失は更に大きいと見られている。自傷行為する人の割合も欧州で最も高いというう。うつ病、不安神経症、不眠症といった軽度の精神疾患に至っては、就労人口の五分の一にあたる約800万人が経験しているともいう。

 

 これらは何も英国に限った事だけではない。英国の場合は政権交代によって、それまで精神疾患の対策に巨額を投じ、根本的な原因の究明や地域における医療の質の向上などを検討していたものも、撤廃された。ますます増えていくだろう・・・。「不況の時こそ、政府は国民の“心の健康”に気を配るべきだ」と結ばれていた。

 

 それはお金を投じて策を高じるのも当たり前の案だが(ベースにある衣食住の安定の意味)、ここで言われている医療の質の向上などの前に、一人ひとりが安心して生活出来る社会を作ることが大切だと思う。私はそれはどんな状況になっても「皆で助け合う」様な「優しい心、思いやり」を各人が持てる様になる事だと思っている。

 

 「困った時はお互い様」「一人では乗り越えられない事も地域皆で助け合えば何とかなる」そんな事を皆が考えられる様になる為にはやはり「教育」だと思う。「モラル、マナー」など、エゴも大事だが、私たち一人では生きていない事をもっともっと教えていく事、学んでいくことだと思っている。そんな為にもきっと私は昨夜、大阪の友人と「旧交」を暖めたのだと思っている。輪を拡げていきたい!

 

         ☆ 一人ではない私たちに気付こう! 菅野康子でした ☆
 




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「時が巡り、後で分かる人の優しさ」

 現在進行形で、地球規模で地震が起きている(だけでなく、火山の噴火、洪水、日照りその他もだが)。日本も阪神大震災」その他多くの地震が最近も起きている。そして、当時幼かった子供たちのその後を追っている朝日新聞の記事がある。

 今日は26歳の男性の話しだった。当時小学校4年だったが、揺れが収まり、真っ暗な中を手探りで外に出たら、周りは真っ赤で赤く燃え盛っていたと言う。あまりのショックに声が出なくなったと言う。数日後水を汲みに公園に行った時、「困ってへんか?」「気をつけてな」「風呂に入りににおいで」そして「ちょっとやけど持っていき」と知らないおじさんがみかんやバナナ、おにぎりをくれたという。その頃「何でこんな事してくれるんやろ、自分の分も足りないかもしれんのに」と思ったという。分からなかったが、声をかけられると嬉しかった、という。

 

 そして高3の進路を決める時期、「人と関わりあう仕事」として「介護職」を選び2年間学んだ後4年働く。その間、ホームには認知症の方が多く、自分の子どもの名前も忘れているのに、彼の名前は覚えていたり、他にも彼なら着替えをさせてくれたお年よりも多いという。亡くなった方のご家族からは「安心して逝けたと思います。」等と言われ仕事の励みになったという。

 

 が、子どもの頃から好きだった「車関係」の仕事がしたいという願望が強くなり、葛藤の末、転職。その後結婚子ども生まれ校感じたという。「親になって分かった事がある。あの時声をかけてくれた人たちは、小さくて無力なこどもを助けたいと思ったんだ。」と。そして今は自分の手で子どもを守りたいと思っている、と言っている。

 

 この様に、17年経って理解出来る事があるのだ。先日のブログでも書いたが、お義母さんの想いが25年たって分かった方などもそうである。自分がその立場に立ってみて初めて分かる事が多いものだ。しかし、ならば、泥棒の気持は泥棒をしなくては分からないのか?と屁理屈をこねる人もいるが、私たちには幸いにも「想像力や思いやる心」というものがあるのだ。全く同じ事ではないにしても、似たような経験から、その時の感情は理解出来るものなのだ。だから人にも優しく出来るし、優しくされたら嬉しい。声を掛けられて嬉しかったといた当時10歳の少年は今その「意味」が分かったのだ。きっと彼の言っている様に、これから彼は彼の子どもだけでなく、周りの子ども達にも声を掛けていく事だろう。

 

  
 しかし今なお続く「揺れ」への恐怖、ちょっとした振動が怖いのだ。これこそは経験した人でないと分かりにくいかもしれない。身を守る為に私たちは「怖さ」を覚える。そしてあのような大震災などは、その怖さも尋常ではない。体に染み付いたものなのだ(これからの身を守る為に)。列車の振動、強風の中の揺れ、そんな度に震災を思い出すという。PTSDだが、これらはNLPの「フォビア」というスキルがあるのだ(過去ベトナム戦争以来多くの兵士達を救っている。いわゆる「恐怖症の克服」、というもので緩和されるか、無くなる。私自身も極度な「高所恐怖症」だったが、全く今は無くなった。「一瞬にして身についたものは一瞬にしてなくなる」のだ。シンプルだ。もっともっとNLPのこれらのスキルが拡がっていくと良いと願っている。

 

 この「あの頃受けた優しさが今は分かる」という26歳の青年の様に、私たちは巡り巡って受けた恩などをこれから出来る時に次の人たちにあげていくのだ

 

                 ☆ 優しさのめぐり合い  菅野康子でした ☆




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「本気で生きよう!」

昨日「心愛(我が家のワンちゃんのココア)」と散歩していたら、ばったりと久しぶりに神山蒔風先生と「風(ふう)」ちゃん(柴犬)に会いました♪ 蒔風先生は、書家でいらっしゃと同時に、その他にも俳画、日本画、写真家・・と沢山の才能と作品を持っていらっしゃいます(詳しくは「蒔風のブログ」をご覧下さい)。

 

 以前もお会いした時に、私の事を少し話したことがあったのですが、すぐにリフレーム(見方、観点を変える)して下さり、私の心を更に前向きにして下さった事がありました。その時の言葉は「何か成し遂げる人は、人生の途中で整理をしていく。そして更に大きくなっていく」」でした。(その時は「こどもみらい研究所」を一旦止めて名前も「チームMIRAI」に変更した時でした)その言葉は今でも私の心に残っています。そして自分でも後悔みたいなものは今でもありませんが、それでも多少の複雑な想いはあったのも事実でした。それがこの時風先生の言葉で、救われた思いがしたものです。

 

 そして昨日もワンちゃん達が寒い中大人しく待っている事を幸に、私は蒔風先生とお話していました。そんな中の言葉です。「私たちは生きる事が仕事です

 

 これは、先生が教えていらっしゃる生徒さん達の中で,卒業後プロの道を進まれる方のご両親に言われた言葉だそうです。(きっとご両親はご自分のお子さんの素質、才能などを信じながらも、プロの方の後押しが欲しかったのではないでしょうか)。「生き様、生き模様、生き方・・・」色んな言葉がありますが、何かを想像して創造する方たちは、人間そのものが全て作品に表れます。だから私たちは感動を覚えます。何も感じられない作品からは(観る人のその時の心によっても感じ方が違う事は含まない言葉)その作者にまで興味はわかない。だからこその「生きる事が仕事」になるのではないだろうか。

 

そしてもう一つ「菅野さんは毎日何百字とブログを書いている。これは本気だ」と。

 

 沢山の学生さんたちを見ていらして、最近は「本気を感じられない若者達」を感じていらっしゃると言う。私自身、いままで当たり前すぎて「本気」という言葉すら忘れていた事に気付く・・・。そしてそうだよね、私は今やっていること全て「本気」で行なっている。だからついてくる人、拒む人(きっと今は辛いのでしょう)などがいるのだと思い出す・・・。それは「責任」という言葉に関係してくると思う。

 

 私はこの年になって初めて「自分と一致している事」をみつけた。とてもラッキーだと思っている。自分自身の「心のより所」があるからだ。それは「自分自身」なのだ。それらをきっと「本気」という言葉で表すのではないか、と私は思っている。

 

 そんな蒔風先生の展覧会(個展)が今年の11月から4ヶ月間、御殿場の高原ホテルギャラリー「時之栖(ときのすみか)」で開催される。今から楽しみな私である♪ 人って良いものだな~、「本番」も楽しいし「前段階」も楽しい♪ と人間である事をこんな時に特に嬉しく思う。やっぱり一番の基礎は「生きてるだけで丸儲け」なのか。感謝!

 

                 ☆ 楽しみがまた一つ増えた♪ 菅野康子でした ☆




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「暖かさの連鎖反応」

 伊達直人さんを始めそれぞれのお名前で、とうとう全国制覇となったらしい「幸せのお裾分け」ですが、私がブログに書いた時には14件でした。翌日のメルマガに書いた時には92件でした。それが1日経っただけで,今や分かっているだけで322件です!まさしく「神島の猿」状態が起こりましたね。後は「継続」だけですね。

 

 そんな昨今、やはり私の目に付くものは「バスに乗りお年玉」「お義母さんの気持」などの記事で心温まるものに関するものでした。

 

 まず「バス」の話しは、24歳の女性が「バスに久しぶりに載ったが、たまたま1万円札しかなかった。両替えを申し出たがこのバスにはなく、他の乗客もいた為、運転手さんから“次に載った時に払って下さい”と言われたらしい。この女性は小銭を用意していなかった自分のうかつさを責めながら、やがて終点に着き(きっと降りられなかったのだろう、と推測する)もう一度、何とか両替を、と言ったが、その運転手さんの言葉“今回はいいですから。お年玉だと思って下さい”。この女性は深ぶかとお礼をして、バスを降りたとの事。(後日バスに乗って支払ったそうだ、そして普段から乗客が少ないと思われるそのバス会社のバスにこれからは積極的に利用しようと思ったとの事である。」

 

 そしてもう一つの話しは50歳の方の話しだが、このお正月に初めて帰省した娘を見送りながら気付いたという話し。「今までは遠方の一人暮らしの義母を訪ねていくばかり。先方に行くまでの飛行機の手配、荷物の整理に始まって、着いてからも手伝い、親戚回り、宴会の付き合い、などと身も心もへとへとになって帰宅。その後、子ども達が部活、受験と規制が困難になった時、心のどこかでホッとする自分がいた。「帰省はしんどい」、という思いだった。しかし、迎える立場になったらあれこれ思案したり、実に多忙だと気付いた。そして昔、義母はたった一人で、義兄家族も合わせて、7人分もの布団の準備から、3が日休みは当たり前だった当時、あれだけのお節料理をどうやってそろえる事が出来たか・・・。脳裏には散らかったお布団を抱えて何度も何度も階段を往復する義母の姿が浮かんだとか。そして「迎える側はしんどい」。(最後に)その立場になってみて初めて事の重みを知る、というけれど、25年もかかってしまった。お義母さん、有難うございました」と締めくくっていらしたという話し。

 

 この両方とも、「相手の立場になる」事が出来、それは「思いやりの心」から生まれている話しだという事である。今、多くの人たちは「自分の事」でせいいっぱい!それもある程度は仕方ない事だが、しかし人によって、またその時によって、その後が違ってくるのである。

 

 自分の事で忙しかったり、大変な想いをするのは生きていたら殆ど全員かもしれない。そんな中でもこの上記の運転手さんであったり、24歳の女性であったり、またお義母さん、50歳の女性の方たちは、思いやりの心で相手を考えた。そしてそうする事で、結果「自分自身が癒された」。バスの運転手さんにしても、200円で沢山の未来を得た(このバスにこれからも乗る、又、こうして書いてその事実を拡げた)。目先しか(*今しか)考えられない人たち、そして自分の事だけでしか考えられない人たちには決してこの可能性はないだろう(しかし人には「変化出来る」という可能性がある。するはしないかは、本人の選択)。(注:私がいつも言っている「今を生きる」の「今」とは違う意味)

 

 この「タイガーマスク事、伊達直人」もその奥にある気持は同じだと想う。「相手の事を考えた」のだ。それが、こうして拡がって、今きっと最初の伊達直人さんは嬉しい気持でいっぱいではないかと想う。何故なら、自分と同じ思いの人たちが全国にこんなにいたのだから。そしてその最初の一人、だという事できっと自分の行為を認めることも出来たと思う。暖かさの連鎖反応は色んな所で起きている。これまでも、そしてこれからも・・・・♪

             ☆ 相手を思いやる気持は自分に返ってくる  菅野康子でした ☆




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「市民を困らす法律だらけ!」

 今、家賃滞納者に対して、強引に追い出す行為を禁じる「追い出し規制法案」がたな晒しになっているが(政権争いの一つ)、実際に、例えば一時的な家賃滞納、その人のその時の状況の考慮なくして「脅迫まがいの督促」「一方的な鍵の交換」「無断で私財の運び出し」などはよくないと私も思う。

 が、もう一方では、夜逃げどころか、堂々と「昼逃げ」されたり、しかも引越し業者に行き先を尋ねても「個人情報なので」と教えてくれないとか・・・!(何が個人情報か!と腹立たしいが)

 

 

 この様に、見る視点、立場、が違ったり、その「状況」というのは、その都度違うものだ。昼逃げされた家主は「追い出し法」を成立させるなら、「家賃踏み倒し規正法」も作るべきだと言っている。全くおっしゃるとおりである。今は何でも「法律」「法律」と馬鹿の一つ覚えみたいに、郵便局、銀行を初めいたる所で、先ほどの「個人情報保護法」「テロ法案」を大上段にまつりあげ、全く請合わない。先方の立場になったら、分からないでもないが(人によって対応が違うのも困るし)、しかし一言でいうと、住みにくい世の中になったものだと最近つくづく思う私である。

 

 第一、「個人情報」って何の為に出来たの?学校の連絡網にも載せられず、個人に聞いたら「うちは載せないで下さい」って載せない連絡網は連絡網ではない(聞く学校もおかしい)。繋がりも、信頼も、緊急もあったものではない。先の引越し業者も、状況は分かっているのに、自分が責任を取りたくないから(確かに取らなくてもよい立場だが)、人のモラル、状況などを考えたら、如何なものであろうか?

 

 また郵便局でも銀行でも、10万を超えると本人しか振り込めない仕組みになっている。(お陰で今日は同じ所に3回の送料を払って分けて振り込んだ。通帳を持っていなかったのでそうなったのだ。全く馬鹿みたい!である)これも「テロに関する法律」だそうだ。

 

 いつもおかしいと思うのは、同じ所への振込みも片方が10万以下、片方が10万以上だった場合(実際経験したのだが)片方しか受け付けない郵便局が現実なのだ。振り込めさぎ防止、テロに送金防止、の為なら、その状況を、郵便局、銀行ももっと考慮すべきではないか、といつも腹立たしい想いだ。大体100歩譲って、私が詐欺にあっているとしても、あなた(郵便局)の責任ではないから、と言っても駄目だった(笑)。柔軟性のかけらもないのだ。同じ所に同じ人からの振込みなのでも、ですよ~。この手の話しはまだまだ沢山あるが止めておこう。

 

 市民を困らせる「法律」なんかホントいらない。今や何でもマニュアル化されていないと、どうやら自分たちで考えられない人たちが多くなっているから仕方ないことか、と思うが。マニュアル(法律)もそれを悪用する人だけがこれから生きやすくなるのであろう・・・少々憂えている私である。

 

                 ☆ 法律なんて糞食らえ! 菅野康子でした ☆




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「タイガーマスクからのプレゼント」

この所、毎日の様に「タイガーマスク“伊達直人”」なる人から児童施設などへのプレゼントが続いている。最初に聞いたのは2件目のときだった。私はこの「善意の行動」を、心が温かくなる思いを持っている一人だが、一時の事だけでなく、この運動がずっと続いて欲しいと願う。
 そして、こうして民意の力でお互いに出来る事を気持(ランドセルなど)で表していく世の中はある意味良い事だと思うと同時に、政治は何をやっているのだろう、と情けなる思いも持っているのである。世の中には「足長基金」「盲導犬募金」「赤い羽根運動」など色々あるが、これを機に「タイガー基金」なるものを存続させて欲しいと願っている(しかし、いつの世もそのお金を私利私欲の為に使う人も後を立たないが・・)。

 

 同じ様な意見を持つ方のコメントを見た。その方は、タイガーマスクの声優さん(森かつじさん)。森さんは「自分が担当した役名でのプレゼントと知って驚くと同時に温かい気持になった、ただ、善意の模倣に留まるようだったら寂しい。いっそ“伊達直人”の会”のようなグループを結成して、子どもに夢を与えられる活動にならないか。子どもには“人を思いやるレスラーからだよ”と、あくまで伊達直人からの贈り物と伝えてあげて。でも本当はタイガーマスクの出番がないような、みんなが幸せな世の中に鳴ってほしい」と言っている。

 

 私が思っていた事をそのまま言って下さっているが、思いはそうでも、実際にはでは誰が発起人になるのか、などもあり(森さんがなれば良い)、しかもこの今まで送った方たちは、本当にただただ「善意」のみでしかも毎回ではないとも思う。一度でも自分が出来る事をしていければ、との思いがあると思うのである。この様な「~会」は「気付いたら出来ていた」という形がのぞましいのかもしれない。

 

 私が今日この話題を取り上げたのはこれから書くが、それは今回送って下さった方たちのそれぞれの言葉にとても温かい気持になったからである。

 

 1.12月25日(前橋市) ランドセル10個   「子ども達の為に使って下さい」
 2.1月1日(小田原市)  ランドセル6個    「自分にも何か出来るのではないかと思い」
 3.1月7日(長野市)   ランドセル6個    「遅れてきたサンタクロース」
 4.1月7日(静岡市)   10万円       「私も参加したい」
 5.1月7日(南城市)   ランドセル3個    「気持です」(スクーターに乗った人)
 6.1月8日(静岡市)   ランドセル6個    「遅れてごめんね」
 7.1月8日(岐阜市)   ランドセル5個    「新1年生のみなさんへ おめでとうございます」
 8.1月9日(長崎市)   ランドセル7個    (伊達直人にヒバクシャと振り仮名)
 9.1月9日(厚木市)    プラモデルなど    「ランドセルでなくてごめんなさい」
10.1月10日(赤穂市)  ランドセル4個    「警察の方で渡して」(赤穂署の駐車場に箱)
11.1月10日(鳥取市)  文房具   「私には子どもはおりませんが、これくらいのことはさせて下さい」
12.1月10日(花巻市)  10万円       「マネです」(スーパーに封書)
13.1月10日(いわき市) 商品券20万円分   「立派な大人に成長して下さい」
14.1月10日(横浜市)  文房具        「タイガーマスク運動に共感した」

 

 日が経つにつれ拡がっていっています。多分ひょっとしたら年金生活の方たちが多いのではないかとも思います。そしていつの場合にも最初に「伊達直人」を名乗りランドセルを10個(30万~50万相当)送った方の「気持」「その思い」は素晴しいです。きっと自分のした行動がこんな風に拡がっているのを驚いたり喜んだりしていらっしゃる事と思います。この「最初の1歩」だ大事です。またその「思い」に賛同してこうしてすぐに行動に移していらっしゃる方たちも素晴しいと思います。

 

 今、全国に児童施設の子ども達だけでなく児童施設にも入れない困っている子ども達は何人いるのでしょうか・・・。その子ども達全員に「未来は明るい。夢を持って叶えよう!」と伝えていけることが私の夢です。私はスリランカの子ども達の里親になって13年が過ぎました。自分が出来る事を毎年続けてやっています。彼らは(現在3人目)皆こう手紙で書いてきます。

 

 「親愛なる父上様、母上様。 僕は一生懸命勉強してこの国をもっと豊かで住みやすい国にしたいです。だから政治家(教育化、など)になりたいです。」残念な事に最初の里子は今も行方不明です(大津波の時以来)が、この子達の言葉を今の日本の子ども達にも聞かせてあげたいと思っています。

 

                  ☆ タイガーマスクさん有難う! 菅野康子でした ☆




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「ホノルルマラソン」

今、昨年12月に開催された「ホノルルマラソン」のダイジェスト版放送が終わった。私はここ数年、毎年見ているが、今年はより一層楽しみにしていた事があった。そして見終わった今、新たに心に誓う事が出来た。

 

 今年が楽しみだった理由は、それは私の友人でもあり、私のセミナーの受講者でもあった方が親子(中1の息子さん)で参加して完走された事だ。彼女は6年前に脳腫瘍が発見され、手術、治療をされた方だ。後遺症で失った右耳の聴覚の事はあるが、まず元気になられた事だけでも奇跡だった。それだけではなく、彼女の持ち前のバイタリティ(と簡単にはいえないが)で「親子縄跳び」に親子で挑戦し続け、1昨年はとうとう子ども部門で息子さん優勝、親の部門で友人は優勝、総合優勝を果たした方だ。更に、昨年はホノルルマラソン完走! これを奇跡と言わずして何と言うのか!って位の凄いことだと私は思っています。

 

 応援の高橋尚子さんのインタビューを受けている息子さんの顔が、走る前と完走した後が違うのはこのホノルルマラソンで「足の痛みや、母を気遣う想いや、あのいなくなったときの寂しさ・不安や、今回はQちゃんから言われた“あなたがお母さんを引っ張っていくのよ”言葉の重みや・・・・」様々な気持が走りながらよぎっていた事と思う。

 

 彼女達親子以外も夫婦で参加の方、28歳通しの友人たち、6回目の参加の久保田智子アナなどの事を追っていた。この方たちはそれぞれの完走だったが、どれも共通していたのは「自信」「チャレンジ(これからの為に)「思いやりの心」」だったように思う。28歳の一人は「引きこもり状態」を変えたい。もう1人は「人見知り」を変えたい。そして完走後「あきらめない、って誓った。やれば出来ると思った」「自信がついた」、また久保田アナは「毎年違う事を教えてくれる。マラソンは生き方全てに通じていると思う」と言っていた。(この28歳の友人達は、多分見事にサターンリターンを乗り越える事が出来るのだろうと思う)

 

 私は「ホノルルマラソン」と聞くと、今でも少し苦い思いが心をよぎる。それは今から7年前の事、昨年も走った私の友人は既に20回位の参加、この方の話を聞いていて私は「ホノルルマラソンに出たい」と思った。その理由はただ一つ「沿道のGood Job!」を肌で感じたかった!それだけだった。

 

 そして自由が丘の仕事場近くのスポーツクラブに入会し、週3回通った。ホノルルマラソンを走る為に。しかし3ヶ月経った頃、右足首に痛みを感じ(幼い頃、急速度で走る自転車の後ろに乗っていて右足首まで巻き込まれた事があった)、2人の医者で見てもらった所、このままではフルマラソンどころか走るのは無理とのドクターストップがかかった。いつも「有限実行」をモットーにしていた私は既に私の応援団まで(ハワイに一緒に行って応援)出来ていて何ともいえない気持を味わった。そして断念した。がその年私が誘った方たちは3人完走した。

 

 ただマラソンでなくても、「ウォーキング」もある。そして「沿道で応援にまわる」事も出来るのだ。今日見ていて改めてその事を知っていた私に気付いた。そうだ、どちらかに参加しよう!では「いつにしようか?」だ。決めるのは自分だ。決めたら後は何とかなるのだ。

 

 この私の事も含めて、ホノルルマラソンを走った方たちは「チャレンジ」して「自信」を手に入れた。しかし既にその前にこうなる事が分かっていたのだ。それは「行動」したということ!心で思っているだけでは手に入るものは何もない。行動に移してこそ初めてその「苦しさ、楽しさ、やりがい、成長・・・そして自分を信じる事が出来る自信」などが手に入るのだ。私も今度こそ、ホノルルマラソンのどちらかに参加して気持に「区切り、けじめ」をつけたいと思っている。私自身のホノルルマラソンはまだ終わっていなかった・・・。そしてそこからがきっと新たなスタートになるのだろう。

 

                    ☆今年か来年は参加! 菅野康子でした ☆




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「子宮頸がんワクチンで失神」

 昨年末に入ってきていたニュースなので、既にご存知の方も多いかもしれないが、以前ブログで書いた「子宮けい癌」ワクチンの怖ろしさ(副作用その他)の続報が読売新聞で書かれていたのでお伝えしようと思う。この記事が気になっていたのも、以前のこの記事(子宮頸がんワクチン接種)を書い時、沢山の方たちから「知らなかった」「こんな事があることすら考えた事もなかった」「来週うとうと思っていた」等の言葉を頂いたから(私はあくまで自分の判断でと伝えている)。

 

<子宮頸がんワクチン接種で失神>読売新聞 12月28日(火)3時2分配信

 

 子宮頸(けい)がんワクチンの副作用として、気を失う例の多いことが、厚生労働省の調査でわかった。接種者の大半が思春期の女子で、このワクチン特有の強い痛みにショックを受け、自律神経のバランスが崩れるのが原因とみられる。転倒して負傷した例もあるという。同省は「痛みを知ったうえで接種を受け、30分程度は医療機関にとどまって様子を見るなど、注意してほしい」と呼びかけている。

 

 子宮頸がんワクチンは、肩近くの筋肉に注射するため、皮下注射をする他の感染症の予防接種より痛みが強い。昨年12月以降、推計40万人が接種を受けたが、10月末現在の副作用の報告は81人。最も多いのが失神・意識消失の21件で、失神寸前の状態になった例も2件あった。その他は発熱(11件)、注射した部分の痛み(9件)、頭痛(7件)などだった。(最終更新:12月28日(火)3時2分)

 

 以前にも書いたが、ワクチン接種は国が勧めるから、医者が勧めるから、と単純に信用しない方がよい、と私は思っている。色んな事を考えてから、それでもワクチン接種を、と「責任は自分でとれる覚悟」で受けた方が良いかもしれない。その裏には多大な利権も絡んでいる。

 

                     ☆我が家は殆ど家族でワクチンはなし  菅野康子でした☆




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「すきま風」

 人はふとした時に心にすきま風が吹くのかもしれない・・・それはある人にとっては、「孤独」を味わう事だったり、ある人にとっては「盗み」「万引き」などに繋がるのかもしれない。

 

 今年になってある場所にお買い物に出かけた事がある。時間は夜だったのだが、何だかそのお店が少し変な感じだった。何が、というわけではなく何となく入った瞬間感じた空気だった。その訳は程なく分かったのだが(奥の方で携帯をかけている人がいて、その横にはお店の店員さんとお客様風の人がいた)、どうやらお財布を盗まれたか「現金ははっきり覚えていないが、3万位・・」という声が聞こえてきた。携帯男は警察官だった様だ。3人で話し始めた。私は、何故お店で財布だけがなくなるのだろう・・?と単純に不思議だった。

 

 そして先ほど、またそのお店に行ったのだが、丁度お客様が殆どいなかった事もあって、私はその当時いた店員さんに聞いてみたのだ。すると、事細かにその店員さんは話をしてくれた。纏めると、お財布を店で落としたお客様がいた。不幸にも入り口近くでその財布は半分から開いた状態に落ちていたらしい。一旦お店をでたそのお客はすぐにお財布がないことに気付きその店に戻ってきたが、財布はどこにもない。そこで、その店のカメラを確かめたところ、入り繰り近くに開いた状態の財布があり、外から入ってきた40代位の男性が、目の前の財布を拾いそのまま店を出て行った。その顔やどちら方面に行ったのか、もカメラで分かったらしい。その店の店員、急いで盗んだ男の行った方面に行き、捕まえる事が出来たという。しかもその男は、その店に素直に付いてきたらしい。理由が面白い「買い物があった」(なるほど、先ほどは買いに来て財布を盗んだだけだったから)。最初はしらをきっていたそうだが、カメラにしっかり映っているというと、認めた(捨てた財布のありかを言い、最初に盗んだ現金も結果戻って来た)

 

 ざっとこういう事なのだが、その店員さんお客からは感謝(カードを止めようと思っていた矢先に捕まった事を聞いた、などラッキーが続いていた)されたのは当然で、事件にしなかったという。こうして戻ってきたし、もし被害届などを出した事によって、そのお店や店員さんに今後何かあったら、と思うとこれでよいとの結論だった様だ。

 

 そして「本当に無事で良かった」、と言ったそうだ。今のご時世何があるか分からないから・・・。後で考えたらその店員さんも自分の行動にぞっとしたそうだ。しかし、その時は何も考えられずに「咄嗟」に追いかけていたそうなのだ。その店員さんは言う「父が警察官だったので、私も困っている人を助けたいと小さい頃から体にしみついているから」と。

 

 私は言った。「本当に金星ですね。思わず何かの行動をするって理屈ではないから。あなたが持っていらっしゃるその気持(敢えて私は“正義感”等の言葉は使わなかったし、使いたくなかった)、私も同じですが、そんな気持を持った人たちで、その輪を拡げていきましょうよ」と。

 

 すると、その店員さんは「有難う、店もほったらかしにしてしまって、何だか自分は何をしたのだろう、と少しもやもやしていた気持があったのだが、そう言って頂いて良かった・・」と心からホッとした感じで言われた。私もあの時の訳(何となく感じたいつもと違う店の雰囲気)が分かって、しかも結果皆とても上手く言った事で良かったと思ったわけだ。

 

 しかし、その犯人である40代の男性は・・・きっと店に入ってすぐに「さあ持って行って下さい」とばかりに現金が見えた状態でのお財布を見た時に「出来心」で持って行ってしまったのかな~。さもしいし、寂しい。情けない!40代といえば普通なら妻もいて子どももいて(その人はどんな状況なのかは知らないが)会社でもある程度の地位に就いている年代だ。日本を実際に支えている年代だ。それが何とも情けない・・・今回だけにしてもらいたいと節に願っている。

 

 人はふとした時に、心に「すきま風」が吹くのだろう・・・そんな「すきま風」が吹かないようにするにはどうすれば良いのだろうか。風を通す事はとても大事な事だ。が、目に見えない「穴」から吹く風は冬は寒いし、夏は暑い。私たちはこの「目に見えない」場所や心にも、日ごろから目を向けて生きて行きたいものだ。誰かを信じ、自分を信じていこう♪私たちは一人では生きられないし、生きていないのだ。

                ☆ 信じて委ねる・・それが「信頼」 菅野康子でした ☆




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「自分と心」

 「自分と心」と書いて繋げると「息」になる。「生きると息」と書いて「生息」になる。本当に漢字は上手く出来ていると感心すると同時に「意味」がある。

 

 今日も朝から横浜は雪こそ降っていないが風が強く寒い。そんな時は「息」を手にかけて暖める。昨日は熱い雑炊を「息」をかけて冷ました。息って便利なのだな~と感じる。そして息が出来ている、つまり「生きている」私にあり難いと嬉しくなる。生きているからこその「暑さ、寒さ」なのだから。

 

 こんな些細な事を思うだけで私は「幸せ」を感じる。「些細な事」と言えば、人は「高い年収で満足は買えるが、幸せは買えない」と結論付けたプリンストン大・カーネマン名誉教授がいるそうだ(45万人対称調べ)。「幸せ者とは小さな幸せを充分に味わえる人」なのかもしれない、とある人は書いている。

 

 そんな一人が良寛和尚さん。先日の私のブログ「福袋」でも書いた様に、今世の中とても騒々しいし何かに急かされている様な時代かもしれない。そんな時こそ私は「余裕」を持つ事を勧める。余裕がない時こそ、あえて自分で「余裕」を持てる生活にしていくのだ。仕事は返って上手くいくことが多いと私は思う(余裕があれば→落ち着く事が出来る→人との関係が良くなる→仕事もはかどる→笑顔が増えるなど・・)。昨日は余裕の天才、良寛和尚の180年目の命日だったそうだ。

 

 良寛和尚はこう言っている。「災難に遭いそうになったら遭う。病気になりそうだったら、なる。死にそうになったら、死ぬ。それが災難よけの最良の方法」これが「覚悟」なのだろう。以前はこの言葉の「意味(生息を味わう」が分からなかった私だが、今は何とか理解出来る様になった。

 

 「毎日に感謝」と言葉では言えるが、その「意味」を本当に感じている人は少ない・・。この良寛和尚が言っている「覚悟」が出来てこその者なのではないだろうか。

 

              ☆ 手が悴(かじか)んでキーボードが上手く打てない 菅野康子でした ☆




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