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菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」 のアーカイブ

「後6日」

 これは今我が家のテレビの画面下に大きく出ている文字なのです。殆どの方が何のことやらお分かりにならないと思います。実はこれは24日の正午から、変わるという(アナログから地デジ)合図なのです。実に邪魔で字幕など全く見えない時もありました。

 我が家はアンテナの向きさえ帰ればOKという主人の言葉を信じ、又何だかむりやり国の方針で変えられることが癪に障った私も結構ほたらかしにしていたのです。テレビは面白くないし、嘘ばかり言うし、と思ってもうなくてもいいかな~とも想っていました。

 

 しかし最近jはドラマが実に面白いのです。「下流の宴」「お日様」「イサン」などやはりこれからも観たいな~って思い、これからだと間に合わない事も承知で仕方ないな、明日でも連絡するか・・という呑気な家族です。

 

 暫くはテレビのない生活かもしれませんが、それでも構わないのです。しかし日にちが経つのは実に早いですね~!始めにそのテロップが出た時は「後23日」だったのです。それがあっという間に「後6日」ですもの。時間は間違いなく加速していますね。

 

 しかし「後○○日」って区切られたら、結構終わりか~って感じで何だか嫌なものですね。しかし「終わり」は「始まり」でもあるので、また新たな楽しみも出来るし・・・結局、私たちはどこに何にフォーカスするのか、で気持が全然違ってくる、という今回の地デジの例は、良い見本みたいなものですね。

 

 こんなになるまでほっとくのも、本当にもうテレビは要らないと思えるがどうか、を自分でみていたのかもしれません。しかし先ほど書いた様に、今ドラマが実に面白い!考えてみると何と全部NHKですね・・少々癪な感じもしますが。勿論これまでも終わった番組は違う局でしたが、面白かったドラマが沢山ありました。

 

 ドラマは感情移入出来るし、気持が暖かくなれるし(反対もあるが、それらはあまり観ませんね)憩いの時間です。
さ、後6日、を自分の気持ももう少しみていきましょう。どんな変化があるか、我rながら楽しみです。

 

     ☆ 後6日もある、か後6日しかない、かどちらの気持を持ちましょうか? 菅野康子でした ☆
                                      


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「結婚記念日」

 今日は私の結婚記念日であーる。女性だからなのか、特別な日だからなのか、私は毎年覚えている。・・・が、しかし、やはり・・・先ほど帰宅してきた主人は「あ~、そうだった」とな(苦笑)。もう、全く~!って感じ。

 どちらにしても、私自身も今日は1日PCの前にいて、ある所に出すべきレポートを作成していたので、特別な事は何も出来なかったのだが・・・。それにしても、改めて29年という月日を振り返ってみて、何と言う感慨もおきない。それって私にとっては良い事らしい。

 

 だって、いつの間にか、それまで全く育った「家庭も、環境も、年齢も」違った2人が、いつの間にか年月と共に「互いに思いやれる」関係を(言葉で言うのは、お互いにまだまだ苦手な所が改善の余地はあるが・・・・笑)思えば「夫婦」って不思議な関係なのですね~~。

 

 言葉に出さなくても、お互いに今何を考えているのか?なども空気で感じ、最近は言いたい事は私も言っているし(そろそろ角が生えてきたのかな? え~?とっくに?)

 

 これまで長い間は「男性(性)」が支配してきた時代だったのが、これからは「女性(性)」がリードしていく時代だというそれは「愛」なのです。「母の様に包み込む愛」でこれからは世の中を造っていくのです。戦争や殺し合い、奪い合いは終わりなのです。そういえば、世界のトップ達も女性が当たり前の様に多くなってきましたね。鉄の女「サッチャー」さんや、現メルケル首相、クリントンの大統領立候補など・・・。そういえば今日は「アウン・サン・スーチーさん」の誕生日でしたっけ?

 

 最近の男性は本当に優しくなったというか、女性らしくなったといわれているが、女性はいろんな会議等を始め、目だった動きをし始めてきている。これは、大きな流れとしてはどうやら良い方向。その昔、私は「子どもは子どもらしく、男性は男性らしく、主婦は主婦らしく・・・」な~んて言ってたが、これはひょっとして、「大きな制限」だったのだと最近気付いた。 

 

 勿論常識の範囲では、今も昔も変わらず「TPO」というものは大切だが、一人の人間としては、その人がその人らしく生きていくことが一番望ましい。何かの、誰かの枠組みに入って(入れられて)生きていく事は人生もったいない!

 そんな事を思った今日の「結婚記念日」でした。「記念日」って「節目」です。色んな記念日を迎えながら。「その想い」に少し浸る事が出来た今年も、私はとても有難く、そして嬉しい日となりました。感謝!

 

           ☆ 記念日に寄せて  菅野康子でした ☆


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「同級生」

 今日はこんな時間になってしまいました・・・。昨日NLPマスターコースが終わり、受講者の皆様も私も一つ完了し新たな出発を致しました。

 

 1夜あけて朝PCを開けたら、哀しい知らせが届いていました。同級生の一人が亡くなったという知らせでした。私は高校まで九州の学校ですが、関東にもとても多くの同期生がいて、30歳になった頃から毎年、関東の同期会を行っています。時には関西地区・九州地区(本家)の同期会にも参加したり、3地区合同で京都に行ったり・・・本当に学校時代の友人達と楽しい時間を過ごしていました。

 

 そんな仲間を失った知らせ・・・最初はただただ驚きでした。そして暫く時間が経って、涙が止まらない・・・感情が湧きあがってきました。幼い頃からの友人を失う事は特に哀しいものですね・・・。明日はお通夜なので、参加してきます。美味しいお寿司をご馳走してくれると言っていた友人でした。その約束を果たさないまま逝ってしましました。

 

 そんな中、先ほど、九州の同期生たちから電話がありました。一人は40年ぶりでした。私はその頃の記憶が何だか飛んでいて、でもお話をしていると、だんだん感覚で思い出してきました。自分が知らない(覚えていない)事に対して、謝ったりお礼を言ったり・・・時には勝手にお話を作っているのではないかと冗談を言ったり。

 

 まだ亡くなった友人の事を知らなかった様で、彼らもも大変ショックを受けていました。同じ日の朝と夜、全く違った所からめったにない同級生の話題は、私にとって何だかタイムラインにのってあちこちに旅をした・・・そんな不思議な感覚を持ちました。

 

 一言で言うと、同期生って本当に「不思議な仲間達」ですね。安心出来る仲間、何でも言い合える仲間、昔の事と現在の事が交錯する不思議な関係・・・素敵なものですね、同級生って・・・。それだけに一人の仲間を失う事は哀しい気持でいっぱいです。

 

       ★ 同級生に乾杯! 菅野康子でした ★


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「母の日」

 昨日は「母の日」。色んな場所で、色んな方が、色んな想いで迎えられた事と思います。そういう、私はこの週末は2日間「エジプシャン・ヒーリング」のセミナー(人の持つ男性性、女性性の知り、その統合など)を受講中で全く「母の日」の事を忘れていました・・。

 被災地でも、津波後でも咲いてくれた花を、テントを張って出荷している花屋さんから、白いカーネーションがいつもより多く出たと言います。白いカーネーションの花言葉は「永遠の愛」。・・・と思っていたのですが、調べてみたら「尊敬」「清らかな愛」「亡き母を偲ぶ」「私の愛情は生きている」などと書いてありました。

 

 因みに、いカーネーションは「母への愛」「情熱」「真実の愛」「愛情」など、濃赤のカーネーションは「欲望」「私の心に哀しみを」。ピンクのカーネーションは「感動」「感謝」「熱愛の告白」「美しい仕草」、黄色のカーネーションは「美」「軽蔑・侮蔑」「嫉妬」「愛情の揺らぎ」「友情」。最後にのカーネーションは「誇り」「気品」とありました。

 

 
 また、最近出ているいカーネーションの花言葉は「永遠の幸福」だと言う事です。色によって、色んな意味があるのですね。この他にも母の日の由来なども、ネットで検索すると出てきますので、お時間がある時に調べて見られると面白いですよ。皆様の母の日はどんな日だったのでしょう・・?

 

 私は先ほども言いましたように、セミナー中で、失念していましたし、子ども達もそれぞれの事情でいなかったようだし・・・「今年はこんな母の日だったのだな」、と帰宅後ただそう思っている私でした。(心の中では、「セミナーに行かせて貰っている事が何よりの母の日のプレゼント」、と思う反面、「自分が選択していく事に何の遠慮がいるのか」と多少の葛藤があったり・・・結果「自由とはなんぞや?」と一瞬思った日でもありました。)

 

 すると子どもの一人が、帰宅後PCに向かっている私の肩を揉んでくれ始めました(その前に台所の後片付けをしていたようです)。そして「今日は母の日なんだね」と言いながら、ただ肩を揉んでくれました。嬉しかったですね~、やっぱり。

 

 そして今朝は、また別の子どもが「昨日渡せなかった」と言って、なにやら長い箱のプレゼントをくれました。私は「有難う!アイパッド2だね、とか、スマートフォンかな・・?(一応欲しいのです、私も)」などと言いながら、その長い箱を開けました。もうお察しの事と思いますが、それは「」でした。

 

 開けるまで気付かない私も私ですが(我ながらあきれました、本当に全く発想はなかったのです、笑)、なんとプレゼントに迷ったと言う子どもの言葉に思わず笑ってしまいました。「最近(原発事故以来)傘、傘実際には「傘持ってる?」ですが)と言っているし、これから梅雨に入るから」との事。

 

 実は最近傘をある店に忘れてきてしまっていて、折りたたみしかなかったのと、その昔から高価な傘は毎回2~3日で無くす私でしたので、高い傘は買わない事にしていた私でしたが、目の前にすると・・・・。

 

 それらの事もありましたが、そのプレゼントされた傘はあるブランドの本当に素敵なデザインと色、形でした。大切に使っていこうと思っています。そしてこの「母の日」もそうですが、何より嬉しい事は、その「気持(母を思う気持ち)」です。物でもない(肩たたきは本当に気持良かった)、ましてや高価でなくてもいい(実際は高価でしたが)、こうして思ってくれている事が嬉しいのです。「いつもの感謝の気持」と子ども達は言っていました。

 自分がおこなって来た事か結果に繋がります。私たちが今学んでいる「原因と結果の法則」です。私は今回の母の日に関して、自分の鏡を見たた事を観じました(観て感じる)。子ども達よ、有難う!

 

           ★ 母の日に寄せて 菅野康子でした ★


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「実年齢より老けてみられたら・・?」

今日大地さん(自然食品)の宅配日でした。若いお兄さんがいつも配達してくださるのですが、彼が中々良いのです。心があるって言うか、人懐っこいというか、素直でいつも荷物を出して下さる間、私たちは話しています。

 

 今までも禁煙の話しとか(彼は昨年の10月からスパッと辞めました、偉い!)お正月風景の話しとか、たわいもない世間話ですが、話していました。そして今日はいきなりこうでした。

 

 「僕今日超レアな体験をしたんです。ここに来る前の話しですが、配達に行った所で年のはなしになって(中略)“若く見えるよね~”とか言われながら何と36歳にみられたんです! もうどう思います~?しかも2件で同じ事があったんですよ~」(彼は24歳です)

 

 私は、彼の実年齢を知っているので、笑いながら「それはそれは・・・ちとショックだったね~。ただ、私も思うけど、年齢の割りにほんと、しっかりしているから皆さんその位おもちゃうのよ。しかも60代、70代の方たちって、20歳も30歳も変わらないから~」(6~70代の方たち、みんなじゃあないと思います、ごめんなさい、笑)

 

 しかし、彼はひと回りも多く見られたことが余程ショックだった様で、なかなか私の言葉も心の奥に届かなかったようです。そこで、私、とにかく私の役目は目の前の彼の気持をリフレーム(違う見方、観点からみて、フレームを良い思いに変えること)して元気にする事、と思ったので

「今日ほどじゃあないにしても、今までも年より多く見られて得した事ってなかった?」と聞いたのです。すると
「あります、あります!社員同士でも、絶対僕より年上だなーって思っていた人が、向こうも僕の事を年上だと思っているのか、いつも敬語を使われるんですよー」 「それって気持ちよくない?」「はい、嬉しいですよね、何となく」

 

 「ほら、探せばもっと得してる事ってあると思うわよ。つまりはあなたが年齢よりしっかりしているって見られているって事はどっちにしてもあなたにとって良いことじゃない?」
 「そうですね、有難うございました」と最初に言った私のことばも届いたわけです。

 

 この例はあくまで一部ですが、私たちは日常生活の中で、色んな事に巡り合います。この年齢の事(私の同期生で童顔だと仕事で若く見られると馬鹿にされ易いので・・と、彼は思ってる・・、わざと白髪を染めない人もいます)でも「もう幾つだから」「近頃の若い人は・・・」など、年に関わる信念を私たちは多く持っています。

 

 でも、それって「ホント?」近頃の若い人の中にも、別に石川遼さんや、浅田真央さんたちの様に、しっかり日本の代表となってがんばっている人たちもいます。もう80歳だから、なんて制限となる信念を持っていると、行動出来なくなりますよね。100歳でも現役で医者をしている方を私は知っています。凄いな~って思っています。そして私もこの方の様に、元気な100歳になれたらいいな~、って思っています。

 

 あなたは実年齢より若く見られますか?それとも老けて見られますか?そしてその時に何をどの様に感じていますか?自分の信念に気付いていきます。そしてそれが必要ないと思ったら捨てる!これからもモチベーションになると思ったら、そのまま、という風にすると、明日からの行動が違ってきますよ~♪

 

            ☆私は実年齢より若く見られる(笑)♪ 菅野康子でした ☆


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「好奇心」

 行けそうな日はがんばって我が家の心愛(犬)の散歩に行くようにしていますが、その都度、面白い発見があるのが楽しいのです。例えば、ある日はいつもと違う方向に行こうとし、匂いに誘われるままに進もうとし、またある日は前の事などケロッと忘れたかのように、さっさといつものコースを楽しげに歩くし、真っ直ぐ歩いていたかと思うといきなりクルッとバックし始めたり・・・ワンちゃんを見ていると、五感をふるに使っているな~、と感心しっぱなしです。

 

 匂いは勿論のこと、前足で触感を確かめる、人がいると立ち止まってじ~っと見ている、風によって落ちていた葉っぱがカサッという音が聞こえるなり、いきなりパッと横に飛びのいたり・・・とにかく見ていて飽きないのです。そんな犬は別に心愛だけではないとは思いますが、とにかく彼女を見ていると楽しいですね~♪

 

 今日も行きつけの花屋さんに行ったのですが、その時も言われていましたね「ココちゃんは見ていて飽きないし本当に好奇心旺盛ですね~」って。そうなのです。この「好奇心」ってものが、生きていく上で大切なのです。「人」に好奇心を持っている人はコミュニケーションは上手いですね、一般的に。そして「電車」に好奇心を持っている人は実に詳しく色んな知識を持っているし、その話しをしている時って楽しそうじゃないですか

 

 私は別に電車には興味は余りありませんが、その内容というよりそれらの話しをしているときのその人の表情や真剣さ、などを見ているのが楽しいのです(勿論話しも聞いていますよ・・笑)何故なら私は「人」に好奇心があるからです。基本的に人とコミュニケーションを取る事は好きでした。それが高じたから今やトレーナー・セラピストとして人と接しているのでしょう。その位私は、学び始めた最初からカウンセラー、セラピストになろうと思ったことは一度もなく、ましてやトレーナーコースに通っている時ですら、トレーナーになって人に講義をする事なんて考えてもいなかった事なのです。気付いたら今の私でした。

 

 自分でも不思議だな・・・と思う時があります。その始まりは、興味を持つ所から、そして前提には好奇心の塊、とまでは言いませんが、結構普段から「あれ?あの人何をしているのだろう・・?」「これは何だろう?」「この名前って何だろう?」とか思うのです。今日も急ぎの用事で外に出ていた時、30代位の男性が、「大きな丸太の木」を片方の手で転がしながら(ゆっくりゆっくりと、まるで蟻さんくらいに遅いのですが・・)歩いていました。

 

 私は何度も振り返りながら、大きいけれど抱えられない重さでもなさそうだし、でも確かに荷物はいっぱい持っているから無理なのかな~、何か私に出来る事はあるかな、とも思っていました。しかし一番思ったことは「あの木を何にするのだろう?」でした。それを聞くためにも余程声をかけようかと思ったのですが、いかんせん時間のリミットがあってとうとう声をかけることは出来ませんでした。あ~気になる!あの木を何に使うのだろう・・????

 

 これが「好奇心」です。そして私はこの「好奇心」というものが大好きなのです。更にいうと、同じ「好奇心」という言葉であっても、同じ「人」への興味があっても、人の詮索、噂話などの部類には全く興味はありません。それらは好奇心とは言わないのです。ただの「」ですのでお間違いのない様に

 

                         ☆ 好奇心(心に寄り添う事が好き)な  菅野康子でした ☆


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「自分と心」

 「自分と心」と書いて繋げると「息」になる。「生きると息」と書いて「生息」になる。本当に漢字は上手く出来ていると感心すると同時に「意味」がある。

 

 今日も朝から横浜は雪こそ降っていないが風が強く寒い。そんな時は「息」を手にかけて暖める。昨日は熱い雑炊を「息」をかけて冷ました。息って便利なのだな~と感じる。そして息が出来ている、つまり「生きている」私にあり難いと嬉しくなる。生きているからこその「暑さ、寒さ」なのだから。

 

 こんな些細な事を思うだけで私は「幸せ」を感じる。「些細な事」と言えば、人は「高い年収で満足は買えるが、幸せは買えない」と結論付けたプリンストン大・カーネマン名誉教授がいるそうだ(45万人対称調べ)。「幸せ者とは小さな幸せを充分に味わえる人」なのかもしれない、とある人は書いている。

 

 そんな一人が良寛和尚さん。先日の私のブログ「福袋」でも書いた様に、今世の中とても騒々しいし何かに急かされている様な時代かもしれない。そんな時こそ私は「余裕」を持つ事を勧める。余裕がない時こそ、あえて自分で「余裕」を持てる生活にしていくのだ。仕事は返って上手くいくことが多いと私は思う(余裕があれば→落ち着く事が出来る→人との関係が良くなる→仕事もはかどる→笑顔が増えるなど・・)。昨日は余裕の天才、良寛和尚の180年目の命日だったそうだ。

 

 良寛和尚はこう言っている。「災難に遭いそうになったら遭う。病気になりそうだったら、なる。死にそうになったら、死ぬ。それが災難よけの最良の方法」これが「覚悟」なのだろう。以前はこの言葉の「意味(生息を味わう」が分からなかった私だが、今は何とか理解出来る様になった。

 

 「毎日に感謝」と言葉では言えるが、その「意味」を本当に感じている人は少ない・・。この良寛和尚が言っている「覚悟」が出来てこその者なのではないだろうか。

 

              ☆ 手が悴(かじか)んでキーボードが上手く打てない 菅野康子でした ☆


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「老夫婦に学ぶ」

今日新聞でまたこんな記事が心に留まった。それは、21歳の大学生のアルバイト先(バイキング式レストラン)での事。老夫婦が来店されたが、セルフサービスをなかなか理解出来ずに、度々他の接客中でも呼び止められたとの事(例「お醤油はどこ?」「料理は持ってきてくれるの?」等)。彼女は言う。

 

 お昼時で混んでいて丁寧を心がけても余裕が無くなっている(「ちょっと待ってよ」「よく見れば分かるじゃない」等思ったそうだ)が、作り笑い。そして時間が経ち、ひと段落した時に先の老夫婦にまた呼び止められたそうだ。「今度は何?」と身構えた彼女に一言「美味しいわね」

 そのしわくちゃの笑顔を目の当たりにした瞬間、彼女に変化が起きた・・・・先ほどまでの自分を悲しく思った。そして自分の速さに彼らを従わせようとした、機械的な対応。まさに「現代のシステムが高齢者を疎外している現場」だったと。(こう気付くこの21歳の女性は素晴しいですね!)

 

 そしてこの温情こもる言葉に彼女は頭を下げながらこう言った。「有難うございました。またお越し下さい」

 

 何とも心温まるお話ではないでしょうか・・・彼女のその時の立場にたったら彼女ばかりも責められません。気持は私もよく理解出来ます。しかし相手の立場に立ったら・・・?(このご夫婦も素晴しい方たちですね)そして「美味しいわね」の一言で、余裕を取り戻していた(ひと段落)彼女は気付いたのだ。自分のペースに相手を合わせようとしていた事に。(「年寄り笑うな、未来の自分。洟垂れ笑うな、昔の自分」を思い出しました)

 

 この事は日常私たちにも多く起きている事ではないでしょうか。「今自分はこんなに忙しいのだ。もっと労わって」とか「一言くらいお礼の言葉があってもいいじゃない!」とか「いつものんびり出来るあなたとは違う」とか「忙しかったから電話も出来なかった」と先延ばしにしていたりとか・・・

 

 まずは自分も大事ですが、「相手の立場に立つ事」からコミュニケーションは始まるのではないでしょうか。「待つ」そして「聴く」事です。忙しぶってもゆったりした気持でも、同じ時間なのです。出来る事しか出来ないし、出来ない事は出来ないのです。

 

 この記事から、若い人の中にもこんな思いを持てる人がいる、またすぐに気付く事の出来る人がいる、なども嬉しいものでした♪

 

                     ☆ いずれは皆年を取る 菅野康子でした ☆


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「尊敬する人、その想い」

昨日書いた、「25歳の若者の選択」には後日談があります。その若者は、ご両親と話した時にこう言ったそうです。「親父みたいな上司がいれば、辞めなかったかもしれない」と。

 

 これは、親にとっては何より言葉にしがたい位の嬉しい事だと思います。父として、家族全体とそて、そして仕事をしている父親を見て、25歳の若者はそう思ったのだと思いますが、きっとそれを聴いた父親は、感涙に咽ぶ位の嬉しいエビデンス(証拠)、承認になったと思います

 

 私たちは「家族」の中で生きていますが、(現在はそれもない人たちも老若男女増えていますが・・)良きにつけ、悪しきにつけ、その両方を他の家族は(特に子ども)は学んで育ちます

 

 その言動には、その言っている人(父であれ、母であれ、子どもであれ、舅・姑の立場であっても)の「肯定的意図」というものがあるのです。例え悪き言葉であっても、その心の奥には「こうあってほしい」という想いが「言葉」になって出ているだけなのです。まともに受け取るのではなく、相手の立場に立って、考えてみたら理解できるのです。

 

 しかしその前には、自分自身を「認める事」からスタートなのです。「いつもよくやっている自分」をまずは自分で誉めるのです!認めるのです! それらがなかった為に、今「相手の言葉が素直に受け止められなくなっている状況」なのです。

 

 まずは自分で自分を誉めていきましょう!自画自賛して、笑うことからです!

 

                          ☆笑いは一番! 菅野康子でした ☆


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「99年の愛」

今、5夜連続の「99年の愛」が終わった・・・何とこの忙しい身で(テキスト作成他)毎日観た私・・・そして感じた事。それは「家族の絆」「戦争」この2つのテーマだった。タイトルも未来に向けて考えさせられた。

 

 日系の方たちも今は4世の代だが、あまりに私自身も日系アメリカ人の方たちの事を知らなかった事に気付いた。勿論収容所に入れられた事位は知っていたが、それ位の知識(とも言いませんね~)しかなかった。

 

 日本人でありながら、アメリカ人として戦争に行く・・・どれだけアイデンティティが混乱した事だろう。442部隊の活躍で市民権を得るまでの苦労は図りしれないものがあるだろう。それも命をかけて、というより、命を落として、なのだ。

 

 しかしどんな中でも「家族の絆」があれば、乗り越えられるのだとも思わせてくれたドラマだった。橋田須賀子さんはやはりこの手は上手いと思う。そうとばかりも言えない父親の(1世)自殺も織り交ぜながら、考えさせられた。

 

 そして本当にもう2度と「戦争」は起こしてはいけない!と改めて心に強く感じた5日間だった。岸恵子さんの台詞で「オバマさんも核廃絶でノーベル平和賞をもらったし・・」というのには、違和感を覚えたが・・・。

 

 私にとっては久しぶりに見ごたえのあるドラマだった。明日から寂しいな~。

 

                   ☆ ドラマはTBS♪ 菅野康子でした ☆


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