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菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」 のアーカイブ
「母の日」
- 2011-05-09 (月)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
被災地でも、津波後でも咲いてくれた花を、テントを張って出荷している花屋さんから、白いカーネーションがいつもより多く出たと言います。白いカーネーションの花言葉は「永遠の愛」。・・・と思っていたのですが、調べてみたら「尊敬」「清らかな愛」「亡き母を偲ぶ」「私の愛情は生きている」などと書いてありました。
因みに、赤いカーネーションは「母への愛」「情熱」「真実の愛」「愛情」など、濃赤のカーネーションは「欲望」「私の心に哀しみを」。ピンクのカーネーションは「感動」「感謝」「熱愛の告白」「美しい仕草」、黄色のカーネーションは「美」「軽蔑・侮蔑」「嫉妬」「愛情の揺らぎ」「友情」。最後に紫のカーネーションは「誇り」「気品」とありました。
また、最近出ている青いカーネーションの花言葉は「永遠の幸福」だと言う事です。色によって、色んな意味があるのですね。この他にも母の日の由来なども、ネットで検索すると出てきますので、お時間がある時に調べて見られると面白いですよ。皆様の母の日はどんな日だったのでしょう・・?
私は先ほども言いましたように、セミナー中で、失念していましたし、子ども達もそれぞれの事情でいなかったようだし・・・「今年はこんな母の日だったのだな」、と帰宅後ただそう思っている私でした。(心の中では、「セミナーに行かせて貰っている事が何よりの母の日のプレゼント」、と思う反面、「自分が選択していく事に何の遠慮がいるのか」と多少の葛藤があったり・・・結果「自由とはなんぞや?」と一瞬思った日でもありました。)
すると子どもの一人が、帰宅後PCに向かっている私の肩を揉んでくれ始めました(その前に台所の後片付けをしていたようです)。そして「今日は母の日なんだね」と言いながら、ただ肩を揉んでくれました。嬉しかったですね~、やっぱり。
そして今朝は、また別の子どもが「昨日渡せなかった」と言って、なにやら長い箱のプレゼントをくれました。私は「有難う!アイパッド2だね、とか、スマートフォンかな・・?(一応欲しいのです、私も)」などと言いながら、その長い箱を開けました。もうお察しの事と思いますが、それは「傘」でした。
開けるまで気付かない私も私ですが(我ながらあきれました、本当に全く発想はなかったのです、笑)、なんとプレゼントに迷ったと言う子どもの言葉に思わず笑ってしまいました。「最近(原発事故以来)傘、傘(実際には「傘持ってる?」ですが)と言っているし、これから梅雨に入るから」との事。
実は最近傘をある店に忘れてきてしまっていて、折りたたみしかなかったのと、その昔から高価な傘は毎回2~3日で無くす私でしたので、高い傘は買わない事にしていた私でしたが、目の前にすると・・・・。
それらの事もありましたが、そのプレゼントされた傘はあるブランドの本当に素敵なデザインと色、形でした。大切に使っていこうと思っています。そしてこの「母の日」もそうですが、何より嬉しい事は、その「気持(母を思う気持ち)」です。物でもない(肩たたきは本当に気持良かった)、ましてや高価でなくてもいい(実際は高価でしたが)、こうして思ってくれている事が嬉しいのです。「いつもの感謝の気持」と子ども達は言っていました。
自分がおこなって来た事か結果に繋がります。私たちが今学んでいる「原因と結果の法則」です。私は今回の母の日に関して、自分の鏡を見たた事を観じました(観て感じる)。子ども達よ、有難う!
★ 母の日に寄せて 菅野康子でした ★
「実年齢より老けてみられたら・・?」
- 2011-03-02 (水)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
今日大地さん(自然食品)の宅配日でした。若いお兄さんがいつも配達してくださるのですが、彼が中々良いのです。心があるって言うか、人懐っこいというか、素直でいつも荷物を出して下さる間、私たちは話しています。
今までも禁煙の話しとか(彼は昨年の10月からスパッと辞めました、偉い!)お正月風景の話しとか、たわいもない世間話ですが、話していました。そして今日はいきなりこうでした。
「僕今日超レアな体験をしたんです。ここに来る前の話しですが、配達に行った所で年のはなしになって(中略)“若く見えるよね~”とか言われながら何と36歳にみられたんです! もうどう思います~?しかも2件で同じ事があったんですよ~」(彼は24歳です)
私は、彼の実年齢を知っているので、笑いながら「それはそれは・・・ちとショックだったね~。ただ、私も思うけど、年齢の割りにほんと、しっかりしているから皆さんその位おもちゃうのよ。しかも60代、70代の方たちって、20歳も30歳も変わらないから~」(6~70代の方たち、みんなじゃあないと思います、ごめんなさい、笑)
しかし、彼はひと回りも多く見られたことが余程ショックだった様で、なかなか私の言葉も心の奥に届かなかったようです。そこで、私、とにかく私の役目は目の前の彼の気持をリフレーム(違う見方、観点からみて、フレームを良い思いに変えること)して元気にする事、と思ったので
「今日ほどじゃあないにしても、今までも年より多く見られて得した事ってなかった?」と聞いたのです。すると
「あります、あります!社員同士でも、絶対僕より年上だなーって思っていた人が、向こうも僕の事を年上だと思っているのか、いつも敬語を使われるんですよー」 「それって気持ちよくない?」「はい、嬉しいですよね、何となく」
「ほら、探せばもっと得してる事ってあると思うわよ。つまりはあなたが年齢よりしっかりしているって見られているって事はどっちにしてもあなたにとって良いことじゃない?」
「そうですね、有難うございました」と最初に言った私のことばも届いたわけです。
この例はあくまで一部ですが、私たちは日常生活の中で、色んな事に巡り合います。この年齢の事(私の同期生で童顔だと仕事で若く見られると馬鹿にされ易いので・・と、彼は思ってる・・、わざと白髪を染めない人もいます)でも「もう幾つだから」「近頃の若い人は・・・」など、年に関わる信念を私たちは多く持っています。
でも、それって「ホント?」近頃の若い人の中にも、別に石川遼さんや、浅田真央さんたちの様に、しっかり日本の代表となってがんばっている人たちもいます。もう80歳だから、なんて制限となる信念を持っていると、行動出来なくなりますよね。100歳でも現役で医者をしている方を私は知っています。凄いな~って思っています。そして私もこの方の様に、元気な100歳になれたらいいな~、って思っています。
あなたは実年齢より若く見られますか?それとも老けて見られますか?そしてその時に何をどの様に感じていますか?自分の信念に気付いていきます。そしてそれが必要ないと思ったら捨てる!これからもモチベーションになると思ったら、そのまま、という風にすると、明日からの行動が違ってきますよ~♪
☆私は実年齢より若く見られる(笑)♪ 菅野康子でした ☆
「好奇心」
- 2011-01-25 (火)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
行けそうな日はがんばって我が家の心愛(犬)の散歩に行くようにしていますが、その都度、面白い発見
があるのが楽しいのです。例えば、ある日はいつもと違う方向に行こうとし、匂いに誘われるままに進もうとし、またある日は前の事などケロッと忘れたかのように、さっさといつものコースを楽しげに歩くし、真っ直ぐ歩いていたかと思うといきなりクルッとバックし始めたり・・・ワンちゃんを見ていると、五感をふるに使っているな~、と感心しっぱなしです。
匂いは勿論のこと、前足で触感を確かめる、人がいると立ち止まってじ~っと見ている、風によって落ちていた葉っぱがカサッという音が聞こえるなり、いきなりパッと横に飛びのいたり・・・とにかく見ていて飽きないのです。そんな犬は別に心愛だけではないとは思いますが、とにかく彼女を見ていると楽しいですね~♪
今日も行きつけの花屋さんに行ったのですが、その時も言われていましたね「ココちゃんは見ていて飽きないし本当に好奇心旺盛ですね~」って。そうなのです。この「好奇心」ってものが、生きていく上で大切なのです。「人」に好奇心を持っている人はコミュニケーションは上手いですね、一般的に。そして「電車」に好奇心を持っている人は実に詳しく色んな知識を持っているし、その話しをしている時って楽しそうじゃないですか
私は別に電車には興味は余りありませんが、その内容というよりそれらの話しをしているときのその人の表情や真剣さ、などを見ているのが楽しいのです
(勿論話しも聞いていますよ・・笑)何故なら私は「人」に好奇心があるからです。基本的に人とコミュニケーションを取る事は好きでした。それが高じたから今やトレーナー・セラピストとして人と接しているのでしょう。その位私は、学び始めた最初からカウンセラー、セラピストになろうと思ったことは一度もなく、ましてやトレーナーコースに通っている時ですら、トレーナーになって人に講義をする事なんて考えてもいなかった事なのです。気付いたら今の私でした。
自分でも不思議だな・・・と思う時があります。その始まりは、興味を持つ所から、そして前提には好奇心の塊、とまでは言いませんが、結構普段から「あれ?あの人何をしているのだろう・・?」「これは何だろう?」「この名前って何だろう?」とか思うのです。今日も急ぎの用事で外に出ていた時、30代位の男性が、「大きな丸太の木」を片方の手で転がしながら(ゆっくりゆっくりと、まるで蟻さんくらいに遅いのですが・・)歩いていました。
私は何度も振り返りながら、大きいけれど抱えられない重さでもなさそうだし、でも確かに荷物はいっぱい持っているから無理なのかな~、何か私に出来る事はあるかな、とも思っていました。しかし一番思ったことは「あの木を何にするのだろう?」でした。それを聞くためにも余程声をかけようかと思ったのですが、いかんせん時間のリミットがあってとうとう声をかけることは出来ませんでした。あ~気になる!あの木を何に使うのだろう・・????
これが「好奇心」です。そして私はこの「好奇心」というものが大好きなのです。更にいうと、同じ「好奇心」という言葉であっても、同じ「人」への興味があっても、人の詮索、噂話などの部類には全く興味はありません。それらは好奇心とは言わないのです。ただの「噂」ですのでお間違いのない様に
☆ 好奇心(心に寄り添う事が好き)な 菅野康子でした ☆
「自分と心」
- 2011-01-07 (金)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
「自分と心」と書いて繋げると「息」になる。「生きると息」と書いて「生息」になる。本当に漢字は上手く出来ていると感心すると同時に「意味」がある。
今日も朝から横浜は雪こそ降っていないが風が強く寒い。そんな時は「息」を手にかけて暖める。昨日は熱い雑炊を「息」をかけて冷ました。息って便利なのだな~と感じる。そして息が出来ている、つまり「生きている」私にあり難いと嬉しくなる。生きているからこその「暑さ、寒さ」なのだから。
こんな些細な事を思うだけで私は「幸せ」を感じる。「些細な事」と言えば、人は「高い年収で満足は買えるが、幸せは買えない」と結論付けたプリンストン大・カーネマン名誉教授がいるそうだ(45万人対称調べ)。「幸せ者とは小さな幸せを充分に味わえる人」なのかもしれない、とある人は書いている。
そんな一人が良寛和尚さん。先日の私のブログ「福袋」でも書いた様に、今世の中とても騒々しいし何かに急かされている様な時代かもしれない。そんな時こそ私は「余裕」を持つ事を勧める。余裕がない時こそ、あえて自分で「余裕」を持てる生活にしていくのだ。仕事は返って上手くいくことが多いと私は思う(余裕があれば→落ち着く事が出来る→人との関係が良くなる→仕事もはかどる→笑顔が増えるなど・・)。昨日は余裕の天才、良寛和尚の180年目の命日だったそうだ。
良寛和尚はこう言っている。「災難に遭いそうになったら遭う。病気になりそうだったら、なる。死にそうになったら、死ぬ。それが災難よけの最良の方法」これが「覚悟」なのだろう。以前はこの言葉の「意味(生息を味わう」が分からなかった私だが、今は何とか理解出来る様になった。
「毎日に感謝」と言葉では言えるが、その「意味」を本当に感じている人は少ない・・。この良寛和尚が言っている「覚悟」が出来てこその者なのではないだろうか。
☆ 手が悴(かじか)んでキーボードが上手く打てない 菅野康子でした ☆
「老夫婦に学ぶ」
- 2010-12-17 (金)
- 菅野康子の「夢」「願い」 | 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
今日新聞でまたこんな記事が心に留まった。それは、21歳の大学生のアルバイト先(バイキング式レストラン)での事。老夫婦が来店されたが、セルフサービスをなかなか理解出来ずに、度々他の接客中でも呼び止められたとの事(例「お醤油はどこ?」「料理は持ってきてくれるの?」等)。彼女は言う。
お昼時で混んでいて丁寧を心がけても余裕が無くなっている(「ちょっと待ってよ」「よく見れば分かるじゃない」等思ったそうだ)が、作り笑い。そして時間が経ち、ひと段落した時に先の老夫婦にまた呼び止められたそうだ。「今度は何?」と身構えた彼女に一言「美味しいわね」
そのしわくちゃの笑顔を目の当たりにした瞬間、彼女に変化が起きた・・・・先ほどまでの自分を悲しく思った。そして自分の速さに彼らを従わせようとした、機械的な対応。まさに「現代のシステムが高齢者を疎外している現場」だったと。(こう気付くこの21歳の女性は素晴しいですね!)
そしてこの温情こもる言葉に彼女は頭を下げながらこう言った。「有難うございました。またお越し下さい」
何とも心温まるお話ではないでしょうか・・・彼女のその時の立場にたったら彼女ばかりも責められません。気持は私もよく理解出来ます。しかし相手の立場に立ったら・・・?(このご夫婦も素晴しい方たちですね)そして「美味しいわね」の一言で、余裕を取り戻していた(ひと段落)彼女は気付いたのだ。自分のペースに相手を合わせようとしていた事に。(「年寄り笑うな、未来の自分。洟垂れ笑うな、昔の自分」を思い出しました)
この事は日常私たちにも多く起きている事ではないでしょうか。「今自分はこんなに忙しいのだ。もっと労わって」とか「一言くらいお礼の言葉があってもいいじゃない!」とか「いつものんびり出来るあなたとは違う」とか「忙しかったから電話も出来なかった」と先延ばしにしていたりとか・・・
まずは自分も大事ですが、「相手の立場に立つ事」からコミュニケーションは始まるのではないでしょうか。「待つ」そして「聴く」事です。忙しぶってもゆったりした気持でも、同じ時間なのです。出来る事しか出来ないし、出来ない事は出来ないのです。
この記事から、若い人の中にもこんな思いを持てる人がいる、またすぐに気付く事の出来る人がいる、なども嬉しいものでした♪
☆ いずれは皆年を取る 菅野康子でした ☆
「尊敬する人、その想い」
- 2010-11-13 (土)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
昨日書いた、「25歳の若者の選択」には後日談があります。その若者は、ご両親と話した時にこう言ったそうです。「親父みたいな上司がいれば、辞めなかったかもしれない」と。
これは、親にとっては何より言葉にしがたい位の嬉しい事だと思います。父として、家族全体とそて、そして仕事をしている父親を見て、25歳の若者はそう思ったのだと思いますが、きっとそれを聴いた父親は、感涙に咽ぶ位の嬉しいエビデンス(証拠)、承認になったと思います。
私たちは「家族」の中で生きていますが、(現在はそれもない人たちも老若男女増えていますが・・)良きにつけ、悪しきにつけ、その両方を他の家族は(特に子ども)は学んで育ちます。
その言動には、その言っている人(父であれ、母であれ、子どもであれ、舅・姑の立場であっても)の「肯定的意図」というものがあるのです。例え悪き言葉であっても、その心の奥には「こうあってほしい」という想いが「言葉」になって出ているだけなのです。まともに受け取るのではなく、相手の立場に立って、考えてみたら理解できるのです。
しかしその前には、自分自身を「認める事」からスタートなのです。「いつもよくやっている自分」をまずは自分で誉めるのです!認めるのです! それらがなかった為に、今「相手の言葉が素直に受け止められなくなっている状況」なのです。
まずは自分で自分を誉めていきましょう!自画自賛して、笑うことからです!
☆笑いは一番! 菅野康子でした ☆
「99年の愛」
- 2010-11-07 (日)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
今、5夜連続の「99年の愛」が終わった・・・何とこの忙しい身で(テキスト作成他)毎日観た私・・・そして感じた事。それは「家族の絆」「戦争」この2つのテーマだった。タイトルも未来に向けて考えさせられた。
日系の方たちも今は4世の代だが、あまりに私自身も日系アメリカ人の方たちの事を知らなかった事に気付いた。勿論収容所に入れられた事位は知っていたが、それ位の知識(とも言いませんね~)しかなかった。
日本人でありながら、アメリカ人として戦争に行く・・・どれだけアイデンティティが混乱した事だろう。442部隊の活躍で市民権を得るまでの苦労は図りしれないものがあるだろう。それも命をかけて、というより、命を落として、なのだ。
しかしどんな中でも「家族の絆」があれば、乗り越えられるのだとも思わせてくれたドラマだった。橋田須賀子さんはやはりこの手は上手いと思う。そうとばかりも言えない父親の(1世)自殺も織り交ぜながら、考えさせられた。
そして本当にもう2度と「戦争」は起こしてはいけない!と改めて心に強く感じた5日間だった。岸恵子さんの台詞で「オバマさんも核廃絶でノーベル平和賞をもらったし・・」というのには、違和感を覚えたが・・・。
私にとっては久しぶりに見ごたえのあるドラマだった。明日から寂しいな~。
☆ ドラマはTBS♪ 菅野康子でした ☆
「マイブーム」
- 2010-10-19 (火)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
相変わらずの世の中、数分毎に色んな情報が入って来ていましたが(今日は出かけていて先ほど帰宅)今日の出先の街の自然食品やさんで「食べるラー油」を発見♪ 帰りに買おうと思っていたが、結局その前を3回通っていたのだが、途中で買った・・・(ウフッ)。
この意味のない文章は何だ!と我ながら思いますが、最近の私の「マイ・ブーム」なのです。先日の川治湯元の温泉でも目に付くものは「食べるラー油」ばかり!(お土産の中の写真に載っています)(笑)。帰宅後食べ比べをしたのですが、それでもやはり今まで一番美味しいと感じたのは「元祖・桃屋のラー油」です。
いまや日本中、九州から北海道、果ては自宅で作る「食べるラー油」ですが、なかなか桃ラー以上の「食べるラー油」以上のものにはお目にかかっていない現在です。だから、今日購入した「自然食の食べるラー油」はちょっと楽しみ♪
今現在既に30種類のものは試しているのでしょうか。因みに愛知県はいろいろな都市で出しているのか、手に入りやすいですね。手に入りやすいもので以外と美味しかったのは、「7&11」で売っている「食べるラー油」何もない時など結構いけるほうでした。それほど、桃ラーは今や本当に手に入りにくいです。ネットオークションなどでは手に入りますが、割高になります。悔しいのでそこまでは私はしません。何故なら、まだまだ試したいものが我が家には溜まっているのです(笑い)。
最初に食べたのが「しっとりタイプ」でしたが(最初はとても美味しいと思った)、これは今はあまり美味しいとは思えないのが正直な所ですね。私の「マイブーム」はいまや完全に「食べるラー油」です。この様に、私は一度凝ると、大体は3年は続きます。
以前のマイブームは「数独」(ナンプレ)でした。これも3年は毎日やっていましたね・・・。最近また少々凝っていますが・・・。
さて皆様の「マイブーム」は何でしょうか・・?「何かに一生懸命になる」という事は私は良いと思っています。うるさいウンチクは周りは少々迷惑かもしれませんが・・・(苦笑)。そのマイブームから、本当に興味が出てきて、いつか独り立ちするかもしれませんね。そうなると占めた物!趣味と実益が共有できて、楽しく毎日が送れる事になるでしょう。
☆「食べるラー油」命!(笑) 菅野康子でした ☆
「ねぎ蕎麦」
- 2010-10-11 (月)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
さて良い天気に恵まれ朝から気持よい空気が私の周りに漂っています・・・。世の中3連休、皆様は如何お過ごしでしょうか?
私のこれまでの「世の中3連休」は殆どセミナーだった様な気がします。回りの、なんとなくのんびり、ゆったりした雰囲気も感じずただひたすら講義をしていたような・・・それがホントに何年ぶりでしょうか・・。この3連休を使って、「女3人ブラリ旅」が出来ました♪ 昨日書いた様に「笑い過ぎて疲れた~♪」位、笑いの48時間でした。
沢山の面白い経験、どんでん返しの面白い経験、新しい旅の仲間達との触れ合い、美味しい食事、重たい土産、気持ちよい温泉、結果全てとってもラッキーだった2日間でした。(笑いの中からは本当に良い結果が生まれますね!)
そんな中でも今日のタイトルの「ねぎ蕎麦」はと~っても面白い体験でした。テレビでも紹介されたことがあると帰宅してから知ったのですが、行く2日前にふとしたことから、この「ねぎ蕎麦」の存在を知りました。すぐにネットで調べ、今回の旅の大きな目的の一つにもなったのです。
まずこの「ねぎ蕎麦」(詳細はご興味があればネットで調べてくださいね)は、会津若松方面の手前「湯野上温泉」からタクシーで約10分行くと「大内宿」(昨日のブログに写真があるのでご覧になって下さい)という国が伝統保存しているかやぶき屋根が立ち並ぶ(ここは復元した観光町ですが)山に囲まれとても空気の良い場所でした。
その1件の店が(あまりに感じが悪くて店の名前を出したくないのです、笑)この「ねぎ蕎麦」を考えたらしいのです。それが大内宿ではどんどん拡がっている現在です。さあ、やっとその「ねぎ蕎麦」とは何ぞや?に入ります(笑)。百聞は一見にしかず、まずは写真でお見せしますね。
そう、使用前→使用後の写真です(笑)、もうお分かりの様に、このねぎ蕎麦、お箸を使わず、この出てきたねぎ1本でお蕎麦を頂くのです!面白いでしょう?
私自身は「ねぎ」そのものは特別好きでお嫌いでもないのですが、お蕎麦を食べながら、お箸代わりのねぎをかじっていくのです・・・考えただけでもやはり「ちょっとヤかな?」と思っていました。事実そのねぎは辛くて苦かったのも事実ですが、おそばのつゆが微妙に染み渡って、結構いけたのです!(何でも経験!)
しかし現実は思ったよりも難しい・・・その写真がこれです。 中々ねぎに乗らなくて少々悔しい菅野(左)、やっと乗ったので「やった~!」と撮ってもらった写真がこの始末(右)笑えます、何度見ても・・・(恥)


慣れてきて嬉しい私→ねぎが少~し短くなりました。
途中経過・・・
そして最後はこうなるのです。右は友人達のねぎ(私が頑張ったのは分ります~?)


以上が大体の「ねぎ蕎麦」の経過です。しかしこの蕎麦もお出汁も本当に美味しくてよいお味でした。ねぎは帰ってからもまだ口の中がねぎっぽかったけれど(笑)
以上「ねぎ蕎麦」でした! 皆様ももし話の種に食べたい、大内宿に行きたい、と思われたら、是非電車で!何と上高地同様、駐車場は離れているのですが、車が多すぎて、国道からたった6キロの所、何と5キロは渋滞でした。私たちはタクシーで行ったのですが、運転手さんは地元の方なのでその状況をよくご存知で、大回りするけど時間は確実、と言われそうした事が大正解でした。(渋滞してもUターンする場所もない山道)ご参考までに!まずはねぎ蕎麦の話題でした!
☆好奇心旺盛の 菅野康子でした ☆
「平凡な幸せ」
- 2010-10-02 (土)
- 菅野康子の「家族」「自由時間」「ゆとり」「家庭菜園」
今日は朝から久しぶりに太陽が出てくれています♪感謝ですね~・・明日からはまた曇りや雨の予報らしいですが、こんな状態の中で私はふと感じました。「何も起こらないこの平凡な日常こそ、幸せなんだ」と。
これはず~っと以前(約25年位前)にも感じた事なのですが、「平凡」こそ「平和」の象徴ではないのでしょうか。毎日勿論様々な事(事件と言ってもよいでしょう)は起こります。しかし贅沢は出来ないかもしれませんが(あまりしたいとも思っていない私ですが)衣食住という3つの基本があって、家族がいるこの状態・・・
家族がいるからこその悩みもあります。そして「いる、いない」、に関係なく人それぞれの「幸せ」があるのです。私の場合その一つが「平凡な幸せ」です。
今日も当たり前の様に主人は仕事に行き、昼休みに帰ってきて食事を取り、また午後の診療に出かけていく・・・子ども達はそれぞれ学校その他に行き、自分の事を全うしている。私は、やるべき事は沢山あれど、今日中にやらなくてはいけないことでもないし・・・と少しリラックスな状態。
戦争や喧嘩・争いはこの反対の状況です。そして病気も・・・今日は当たり前に仕事に行った主人ですが、何度も病に倒れた事もありました。子供たちもそうです。死にかけた病気にかかったり、自立神経失調症に悩んだり・・・親たちとの介護・別れもありました。
こうして思い返すとその都度私はそれに向かっていきました。決して逃げずに立ち向かったのです。今から思うとそれは「非凡」な生活でした。だからこその今日の「平凡」が分るのです。あり難いのです・・・。
若いうちは何か非凡な面白い状況を好むと思います。私自身もそうでした。どんどんやると良いと思います。後からその状態を考えたら、とてもそれがあったからこそ「今が幸せなんだ」と思えるのです。必ずです!
人間死ぬときに「やったことを後悔するのではなく、やらなかったことを後悔する」と言います。今日の私は今までのやったことを消化しているからこその言葉だと思います。そしてこれからは、あらたな「夢」があります。自分のそして家族への思いの「夢」が。そんな途中でふと感じた「変凡な幸せ」・・・これから心愛(我が家のパートナーの一匹)とちょっと遠出のお散歩に行こうかな~って思っているところです♪
☆平凡な幸せの有難さを感じる 菅野康子でした ☆
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