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2010-04

「人には可能性がある!」

 今、継続中のクライアントさんのカウンセリングが終わった。昨日のブログの内容にも通じるのだが、1月に最初にいらした時と今日と比べて、既に多大な変化を起こしているクライアントさんを観ると、私は心から「喜び」を感じる・・・。

 

 今日で7回お会いした事になる。今までのクライアントさんで、いちばん長かった方が5ヶ月10回の方たっだ。何が言いたいのかといえば、私の考えは・・・「原因さえ分かれば解決は早い」という一つの真実と、もう一つは「日常生活で気付く為、ある程度の時期と時間が必要」という真実があるという事。

 この2点がバランス良く行く時には、普通の考えでは信じられないと思える、早い解決(日常生活を普通の状態で暮らす事が出来る状態)が得られる。

 

 だって、もし不登校の生徒さんがいらして、今までの様に2~3年かかって学校に戻れたとしても、既に同級生は卒業していますよね。そんなに時間がかかる、と以前は当たり前の様に、学校の校長や先生たちも思っていたのです。(そんなバカな!です)

 

 人には、必ず「可能性」があるのです! その可能性を自ら「絶望感」に変えている方たちも「可能性」を知っているからこそ(心のどこかで)、カウンセリングなどにいらっしゃるのです。素晴しい決断だと私は思います。

 

 しかしこんなに言い切る私にも、そうとばかりは言えない人もいるんだ・・・と最近になって思い始めた事も事実です。どんな事かと言えば、「心をコンクリート状態にしている人・・・」みたいな感じです。

 

 そんな状態でも、その人が「何とかしたい!」と思う事が出来れば、大丈夫なのです。何故なら「人には可能性が必ずあるから!」しかし、悲しいかな・・なかなか「コンクリート状態の心」になってしまっては、その方の立場と言うものもありますが、よほどの事がおきない限り、その最初の1滴の水すら入らないのです。自分の選択でしょうか・・・(もう一度3次元を生き直す方なのでしょうか・・)

 

 今日伝えたい事はこれだけです。「私たちは可能性、希望があるのだ」だからこそ毎日を「成長」する事が出来るのだ、と言う事・・・私たちは毎日、この肉体がなくなる時まで、「成長し続けていくのです」何と、楽しみな事ではないでしょうか。

 

 何が成長するのか?と言えば、それは、私の考えでは「魂」です。私たちは「魂の成長」の為に、今この世に生を受け、しかも生まれる時間まで自分で選んで生まれてきているのではないでしょうか。

 

 幼い頃から私が不思議に思っていた事などが、最近どんどん解明されていきます。そしてまだまだ分からない事も沢山あります。分かるために、理解するために、私は今日も、「自分で自分の現実を作り出している」のです。楽しい事も、そして辛い事も・・・。   納得せざるを得ない昨今の私です(笑い)。

 

            ☆ 意図と意味の大切さに改めて気付いた 菅野康子でした ☆

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「喜びと危機」

 世の中すべて「バランス」なのですが(勿論私たち自身もです)、私自身も最近その事を痛感している昨今なのです(苦笑)。

 

 「喜び」の方は、1昨日鹿児島の元クライアントさんから(まずお母様から)無事入学式に行ってきた事のご報告の電話だった。

 

 詳細は書く事は出来ないが、親子3人で鹿児島から自由が丘まで何度かいらして下さったクライアントさん親子だ。当時も思ったが、まず鹿児島から飛行機代、ホテル代、そしてカウンセリング代を含めてのお金だけでもかかる事を、「何とかする!」というそのコミットだけでも、既にその問題を半分は片付けている、という事にもなる。

 

 そしてその中電話でもサポートしながら(基本は勿論家庭ですが)、昨日の「喜びの日」を迎える事が出来た。そしてその事を報告して下さった。こんなに嬉しい私にとって「喜び」はない・・・ 

 

 その電話の中でお母様はおっしゃった、「先生の〝大丈夫です”という言葉があったからこそ今日があります」

 

そうなのです!「大丈夫」なのです、私たちは。 皆「可能性」があるのです!後はその「可能性」をどの様に自分で引きだしていくか、だけなのです。生きている私たち全員が持っているのです「可能性」を。

 

 セミナーでもカウンセリング(ヒプノセラピー)でも同じです。その事を「信じて」下さった結果が、今回の鹿児島のクライアントさんの例なのです。いつも上手く行く事ばかりではありません・・・

 

 例えば「不登校」の例なども、そのご両親がまず、自分の問題があるのです。幼い頃そのご両親から受けた教育(その中には恐怖や委縮もあるかもしれません)が、今のお子様に「何か」として表れているのです。

 

 しかし、決して自分たちは「間違っていない」と現実を見なおそうとしないご両親の場合は、そのお子様の「不登校」はなかなか改善されません。両親の不仲にも原因が多い事は間違いありません。そんなご両親たちは、学校のせい、夫(または妻)のせい、に(気付かなくても)しているのです。

 

 だって、誰でも「自分の何か」に、今現れている「原因」があるとは思いたくありませんよね・・・気付きたくないのは私自身のかつての経験からも理解出来ます。

 

 しかし、昨日は私にとっては本当に嬉しい時間を過ごす事になりました。この「繋がり」にも感謝しています。

 

 そして本当は「危機」についても書いてその「バランス」を言いたかったのでが、
またまた長くなってしまいました。言いたかった事は、そんな喜びの中でも今、私もひょっとしたら「人生最大の危機?(笑い)」と思った事もあったのですが、実はそうではなかった・・・そして、もしそれが「人生最大の危機」であったとしても、「大丈夫」だという事!

 

 何故ならば、「最悪の事を想定していたら、後は何でも出来る、という事」なのです。つまり言葉を換えれば「覚悟」に似ているのでしょうか・・?私自身も、色んな事が起きる昨今ですが、心の中はいつも「静か」です・・・・。

 

                                    ☆ バランスが大事! 菅野康子でした  ☆ 

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「井上ひさしさんの想い」

井上ひさしさんが75歳の若さで亡くなった・・・私が思う井上ひさしさんは尊敬してやまない生き方をされて、私たちに課題を託して、自らはもう「役割はここまで」とこの世から姿を消された方にみえる・・・

 

 自ら「遅筆堂」を名乗っていた方だったらしい。エピソードが新聞に載っていた。「演出家の栗山民也さんがある時、焦る想いで執筆中の旅館を尋ねた・・・ふすまの隙間から井上さんが見えた・・・裸電球の卓上ランプをともして原稿用紙を積み上げ、机に15㎝位まで顔を近付けて、必死のさまで一字一字を刻んでいた・・・言葉が生まれる血のにじむような光景に、涙がこぼれそうになった、と回想していらっしゃる、という」

 

 「言葉の持つ力」をとことん信じた井上ひさしさん・・「日本語は、主語を隠し、責任をあいまいにするのに都合がよい、その曖昧に紛れて多くの人たちが戦争責任から遁走した」と日本語を色んな角度からみつめてやまない方だったという。

 

 鎌倉にお住まいの中で「鎌倉・九条の会」を設立し、護憲・平和運動にも積極的に参加してこられた方だった。2005年に発足。大江健三郎さん、故小田実さん、故加藤修一さんたちと共に「アメリカのイラク攻撃や、改憲の動きに反対」して、全国規模でも「九条の会」も結成していらしたとのことである。

 

 「鎌倉市は全国に先駆けて平和都市宣言をしており、鎌倉こそ、憲法第9条を大切にする理由がある」と訴えた。しかし、鎌倉市は発足記念講演会の前に一旦決定した市の名義を使った後援を「行政の中立性、公正性を保つため」(はあ~???ですね、お役所の考え方っていうのは)という理由で取り消した。

 

 今後の会の運営はなだいなださんは「奥様たちと相談して進めていくことになりそうだ」、また経済評論家の内橋克人さんは「自分の身代りになった人々のお陰で戦争を生き延びた世代として、9条がなければ人間の生存権も守れない、という事をいい続けるしかない」とおっしゃっている。

 

 そんな井上ひさしさんの想いが周りに浸透している中、井上ひさしさんの有名な言葉がある。「むずかしいことをやさしく」更に「やさしいことをふかく」だ。

 

 私もセミナーの中で毎回思う事がこれだ。そして受講者の方にもその事を伝えている。亡くなられて始めて井上ひさしさんのこの言葉にめぐり合った私だが、後押しをされた様な気持でとても嬉しく感じている。

 

 私自身も「改憲」には絶対反対しているし、「9条を守る事」こそ私たちの後世に伝える大事な役割の一つだとも思っている。何か出来る事から始めていきたいと思っている。井上ひさしさんの生き方をこれからも学んでいこうと思っている。

 

  心からご冥福をお祈りいたします。「ひょっこりひょうたんじま」の世代の私はあの番組で「笑い」「仲間」を知りました。感謝しています。

 

                   ☆想いは引き続かれる・・・菅野康子でした ☆

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「カティンの森事件」

ポーランド・カチンスキ大統領を始め96名の政府関係者が亡くなった・・・「カチンの森事件」の追悼式参加の為だった・・ご冥福を祈ります・・・ポーランドでは1週間国中で「喪に服す」という。(日本の首相が亡くなっても、今の日本人が今の首相に万が一があった時、1週間も喪に服すだろうか・・?)

 

 「カチンの森事件」とは、1940年に起こった事件である。20世紀大虐殺ワースト20の中での4番目(年代順)に出てくるものだ。参考までに少し書くと・・
ここから始まる。

 ・オーストラリアのアボリジニ狩り(数百万人)オーストラリア→アボリジニ

 ・アルメニア人大虐殺(150万人)オスマン・トルコ→アルメニア人

 ・南京大虐殺(数万~10数万人)日本→中国

に続いて起きた事件である。

 ・カチンの森事件(カチンで4400人、その他25000人)ソ連→ポーランド

ちなみにこの後の主なワーストを述べると・・・

 ・ヒトラーの大虐殺(110万人)ドイツ→主としてユダヤ人)

 ・ドレスデン爆撃(35000人)英米軍→ドイツ

 ・東京大空襲(8~10万人)アメリカ→日本

 ・広島・長崎原爆投下(21万人)アメリカ→日本

 ・日本兵シベリア抑留(61000人)ソ連→日本

 ・アルカイダ同時多発テロ(3~4000人以上)アルカイダ→アメリカ

 

 まだまだ沢山あるが、主だったものでもこんなにある・・・そして気付く事がある。やったら、やられている事だ・・・「負の連鎖」が起きている・・・哀しみから怒りに変わっていくのだろう・・・

 

 そんな20世紀約4番目に起こった「カチンの森事件」は、ゴルバチョフの時にやっとソ連は認めた事件だ。それまで、ドイツのせいにしていた。ソ連とドイツの間に位置するポーランドはまず、ドイツ軍に侵略された。ソ連は共産主義にポーランドを引き入れようして失敗。そしてポーランド将校たちをカチンの森で4400人殺した。それを発見したのがドイツ軍。そしてソ連はずっと、それをドイツのせいにしていた。そんな事だ・・・。

 

 ちなみに「シベリア抑留」もソ連は日清不可侵条約を破り、関東軍を襲った後の話だ。私の父はこのシベリアに4年間抑留された一人だ・・・

 
 この飛行機事故の数日前、朝日新聞の天声人語欄にこの事が書かれていた。しかもその導入が素晴らしい。

 

 「ベートーベンの交響曲3番「英雄」と5番「運命」のはざまの4番を「2人の巨人にはさまれたギリシャの乙女」とシューマンは例えた言う。似た印象がポーランドよいう国にもある。しかしロマンからは遠い。「両側にソ連とドイツという大男が眠っていて、彼らが寝返りを打つと潰されてしまう」と比喩(メタファー)で言う人がいたそうだ。

・・・中略・・・

今年は事件から70年目の節目になるロシアの式典にはポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ監督(84)の姿もあったそうだ。事件で父親を失った遺族である。長く温めて完成させた〝カティンの森”は日本でも公開されている。歴史を次の世代に渡すのが使命、という気迫が映像に満ち溢れている。

・・・中略・・・

「人間の歴史は虐げられた者の勝利を忍耐強く待っている」というインドの詩人タゴールの言葉が重なり合う。犠牲者も遺族も、ソ連の「残虐と虚偽」に虐げられてきた。「勝利」とは史実が世代を超えて記憶され続ける事だろう。映画でのメッセージで、監督は「9月17日」を知らない若者を嘆いていた。ソ連軍がポーランドに侵入した日である。国は違っても伝え継ぐ難しさは国境がない」

 

 全くその通りだと思う。日本でも、今12月8日、8月15日、3月10日、8月6日、8月9日・・・などが何の日か若者たちの何人が知っているのか?と思う。

 

 私は父が話したがらなかった(きっと過酷という言葉では言えない位の経験だったのだと思う。環境行動は勿論、アイデンティティの部分で辛かった経験があったらしい)シベリアの話を事あるごとに聴いてきた・・・そしてその聴いた話を私は子どもたちに伝え、これからもチャンスがあったら後世の人たちに伝え続けたい・・・。

  「何があっても決して戦争はしては行けないのだ!」という事を。

 

              ☆国境がない世界を望んでいる 菅野康子でした ☆

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「マスターコース中」

今日、明日は、NLPマスターコースのセミナーです。毎回土曜日はセミナー終了後、受講者の皆さまで行う「フォーカスグループ」という事を行っています。

 

 今も、各グループで、次回最終のフォーカスグループでの発表に備えて、ミーテイング中! そんな姿を横目で見ながら、私はまずはこうして今の状況を伝えています。

 

 「何を感じるか」、と言えば、「人は可能性の塊」である、という事・・・何もない所から、何かの形を作り上げるのです。そこには、柔軟性や、創造性や、互いのコミュニケーション能力などが必要です。

 今は皆さまは、当たり前の様に話し合っていらっしゃいますが、そのこと自体、凄い「変化」なのだ、ということに、明日気付いて頂こうと思っています。

 

 という事で、今日はこの辺で!皆さまも楽しい週末をお過ごし下さいませね♬

 

              ☆ 受講者の皆さまといる時はワクワクしている 菅野康子でした ☆

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「2010年新社会人たち」

桜を見ながら上を向く・・この行為が私たちに「未来を向かせる」事に繋がると昨年のブログでも書きましたが、昨夜も仕事が終わり夜桜を見ながら帰宅途中・・・感じた事は「う~、寒い・・・」(笑い)

 

 そんな桜が満開の中で、今年も新入社員たちが社会人になる為にそれぞれの仕事場に入ってきました。いまどきの新入社員です。これから書く事は勿論全員に当てはまる訳ではありませんが、それでも多くなってきているのは間違いない様に思います。この就職難に入ってきた人たちなのにね・・・(笑っちゃいますよ~♪)

 

 今年の新入社員の特徴は「ゆとり教育」で育った世代です。その為かどうかは分かりませんが「上司(上の人)が支援をしてくれるのは当たり前」という風潮があるそうです。謝罪文は顔文字らしいです・・・

 

 先輩たちからは「マナーが出来ていない」「空気が読めない」「先輩に挨拶をしない」「席を譲らない」「進んで人ととけ込もうとしない」その一方でメールは得意!コミュニケーションは苦手。

 

 新入社員の様子をビデオで流したらしい(テレビで)。その模様がこうだ・・・

☆仕事放棄

   新商品発表会の案内状を頼んだら(作って発送)→「やり方が分からない」と   放置。で、みんなで案内状を作っていたら「5時半になったから」と本人だけさっさと帰ってしまった・・・

 

☆常識外れのメール

   ・課長「頼みたい仕事がある」→「後でメールで送って下さい」
   ・話していてもメモはとらない。
   ・風邪で休む時も同僚にメールしておしまい・・・
   ・クレームへの謝罪文を遅らせたら「顔文字」だった・・

 

☆自分が嫌な事は断る

   ・書類の整理を頼んだら→「私らしくない」と拒否
   ・上司から「飲みに行こう!」と誘われたら→「数日前に言ってもらわない と・・心の準備が出来ていないので、アポをとって」と帰ってしまった

 

☆我が道をゆく

   ・取引先との打ち合わせの飲み物注文の際、皆「コーヒー」の中で→「クリームソーダ」
   ・ランチミーテイングで後片付けをしない。どうして手伝わない?と聞いたら
      →「手伝って、と言わなかったじゃない」

 

  とまあ、こんな調子です・・・(フー!) しかし、ふと書きながら思たのは、ひょっとして、これっていまどきの新人に限った事ではないのかも、と思った事。また、これを読んでも「なんでこれがおかしいの?普通でしょ」という声が聞こえてきそうな気がした事・・・

 

  最初に書いた「空気が読めない」いわゆるKYと言われるものですが、これは、観察力がない事ですね。また自分にいつもベクトル(やじるし)が向いている、その奥には「自分を守りたい」とプロテクトの気持ちが働いているわけです。いわゆる「うたれ弱い」のです。

 

  だから、当然の様にコミュニケーションはとれないし、まず取ろうと思っていないのです。では何がこうなった原因か・・というと、やはり「教育」でしょうね!

 

  日本が第2次世界大戦に敗れた時から、日本は「何かを失ってしまった」その選択をしたのだ、と私は思っています。そんな世代で育った人たちももう孫がいる年代です。その子ども、孫たちがいまどきの新入社員なのです。

 

  しかし嘆いてばかりでは先に進みません。こんな人類ばかりになったら、日本は沈没してしまいます。幸いなことに、そんな中でも多くの殆どの人たちがまともです。ここに書いた人たちは、ほんの一部だと思っています。だからこそ、私も気付いたら、子どもたちや後世の人たちにその都度事と必要な事と思ったら「伝えて」います。何故なら、未来を彼らが創っていくから・・・!

  
                         ☆教育こそ一番! 菅野康子でした ☆

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「最近の大学入学式事情」

この所、大学の入学式オンラッシュ!その中でも、日本武道館を借りての入学式がここ10年目立っている気がする・・・。昨年東大の入学式の様子でも書いたが。しかも更に例えば明治大学は今年から2回、日大などは昨年までは2回の入れ替えだったのを、それでも入りきらないので今年から3回制にしたそうだ・・(あら、まあ!)

 武道館を借りないまでも、入学式には別室を用意してその模様を見られる様にしている大学も増えてきた。その理由は・・・ご存じ両親の参加(時には祖父母までも)が多い為だ。

 今年もテレビで、参加している両親にインタビューしていたが、「節目だから参加するべき」と母。「自分の頃は、両親が参加なんて考えられなかったが、今はご時世なんでしょうか、仕事を休んで来ました」と父。この他にも、「可愛い子どもだから」と手放し喜び状態、等など。また子どもの方も「自発的に来た様です。でも嬉しい、頑張ったかいがあった」「不安だったから」と子どもの立場の意見・・・。

 

 100歩譲って(最近私は良く100歩譲るのです・・笑い)上記の件はまあ理解するとしても・・・です。ある大学はこんな事もしていました。それは、学生と同じ様に親に「ガイダンス」を行うのです(学生とほぼ同じ内容だそうです)。

 

 その時の内容が報じられていましたが、成績表の見方、履修届の方法などを話した後の質疑応答・・・「我が家にはパソコンがないのです、マックが良いのか、ウィンドウよいのか・・?」「1課目というのは2単位という解釈でよいのでしょうか?」等の質問・・30分の予定が1時間かかったそうだ。

 

 これらをする目的は、大学側も親に手厚くする事で生き残りを考えているのではないかとの解釈なのだが・・それって本当にそう思っているのだろうか?親も大学側も!子どもの為になってると思っているのでしょうか・・。

 

 そもそも大学ですぞ~!これから酒も飲むし(公然の秘密です、高校卒業後、就職する人たちも、会社の人たちと当然飲みに行きます)、いよいよ「自立」する最終段階の4年(あるいは6年)なのです。

 

 そんな事を考えたら、どうしてガイダンスや、(100歩譲った)入学式に親もいけるのでしょうか・・?? ましてや祖父母まで。 ここはじっと我慢の「子離れ」なのではないかと私は思います。いつまで親が子どもにくっついているのでしょうか、いられるのでしょうか。そんな親から育った子どもは、いつになったら「親離れ」するのでしょうか。

 

 何か困った事があったら、ちょっとした事でも、親も子をすぐに助けるし(程度問題はありますが)考える事をさせません。子も「親のせい」にします(被害者意識)。最近は入社式にも親がついてくるそうです。(そんな人を入れた会社の見る目がない事もありますが) 

 

私は憂えています・・・実際私の所に来るクライアントさんたちの多くは、幼い頃の家庭環境に問題がある事が多いのです。

 

 せめて大学の入学式は、親も子も、中学から始まっている「自立」の最終段階の為に子どもだけの参加になる事を、私は望んでいます。ちなみに、私は3人の子どもたちの入学式&卒業式には行っていません。子どもたちも来ないでくれ、と言っていました。これで良いと私は思っています。そんな子どもたちは、履修届も勿論自分で行うし(あったりまえ~)、送られてきた成績表も私たちの頃とは違うものですが、見かた位は分かるし、分からない時は子どもたちに聞いています。そして子どもたちも困った時や相談したい時は話してくれます。それで良いのでは・・・?

 

 明日はこの続きの新入社員の話題をしましょう。こんな風に大学を卒業した人たちの末路です。

 

           ☆ 過保護もここまで来たかと憂えている 菅野康子でした ☆

 

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「母に感謝を伝えたい!」

先週の私の誕生日のソーラリターンの為に、また今月の私の忙しさ(こどもみらい研究所を閉じるなど)の助けになるなら、と言って九州から先月の末に上京してくれました。

 

 ソラリ(ソーラリターンの略)は実は横浜を離れるときには必ず上京してくれているのですが、今回は、母が来てくれる前から、またその翌日からセミナー、カウンセリング、その他諸抱えていること、などがあり、全く話が出来る暇もありませんでした・・・

 

 やっと1昨日に私の時間がとれたと思ったら(既に母が上京してきて10日経っていました・・・笑い)、が今度は私の声が、多分疲れとは思いますが、声が出なくなってしまっていました・・・(再度笑い)。1日寝たらすっかり元気になりました!が、昨日は、仕事をやめ、自宅の方付けをまず始めました。

 

 そんな中で感じた事は、母が出来ることを出来る時にして(私はそれだけでもとても助かっています)私が出来る事をする・・つまり、」母は朝が早いし、(私はセミナーなどの以外はゆっくり寝ている)また夜は早い(私は夜が遅い)ので、その後の家事を行う、そんな1日でした。

 

 これって「感謝」の一言ですね・・本来は私一人で行う事を、やってくれるのです。しかし、私の思う通りにはやってはくれないのです。私がやった方が早い、と思うこともありました、以前は(笑い)。

 

 でも、一つの仕事を分担している・・・そんな感覚でみたら、ただただ「感謝」だのです。最も、最初から「感謝」に繋がる方も多いのでしょうが、多分私は唯一母だけに我儘がでるのだと思います。

 

 そんな母に今「こどもみらい研究所」で行っている「リフレクソロジー」のプレゼントや、5月からはTOMの英会話も自宅で行いますので、母がまた上京しているときには、英語を話したいといつも思っている母にとっては楽しいひと時になるでしょうし、などと思っています。

 

 そんな母に、感謝の言葉を言っているのですが、なぜか母は素直には受け取りません。「自分も、自分の母にやってもらってきた事だから」、と言って。そんな母の上京のもう一つの目的、楽しみは、私のセミナーを受講する事なのです。

 

 前回も1月に2日間受講し、しかも驚いた事に最後のアンケートに「70を過ぎてなお、知らないことが沢山あった」と学ぶ事の楽しさを知っているのです。素晴しいと思いました。(時々の日常では、都合が悪くなると、年のせい、にしていますが・・笑い)

 

 そしてこの4月末に、こどもみらい研究所の場所で行う最後のセミナーを今楽しみにしています。ちなみに次回(6月、7月、9月、10月)は武蔵小杉の「ユニオンビル」で開催いたします。

 

 今日は仕事で私の帰宅は遅くなりそうですが、明日朝、母にはまず「有難う」と受け取ってもらう言葉をかけたいと思っています。

 

  
               ☆母に感謝の一言を言いたい 菅野康子でした ☆

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「始動開始~ハブの話し」

 週末の2日間は米国NLP協会認定のセミナーのラスト2日間でした。4期生の方達でしたが、本当に素晴らしいラスト2日間だったと自負しています。

 

 何故分かるか、というと、受講者の方達のシェアで分かるのです。態度で分かるのです。私が学んでいた時の講師が「皆さまからヒーリンング効果を頂きいています」とおっしゃっていましたが、本当のその意味がやればやるほど分かってきます。

 

 私の方が伝える事で、皆さまから色んな事を教えて頂いている気がします。いえ、きっとそうなのでしょう。受講者の方が理解できたと感じたら、私の伝え方が良かった訳ですし、そうでない時はまだ伝え方を考えて行かなくてはいけないのです。

 

 私は分かりやすく楽しいセミナーを、ワクワクするようなセミナーを行いたいといつも思っています。その為にはまず私がワクワクする事です。しかし特に何をするのでもなく、皆さまとお会い出来ると思っただけで、ワクワクするのです!感謝♬

 

 そんな2日間の後は、流石にその前後や石垣島の、楽しかったけど疲れた~(笑い)があり、昨日はとうとう声が一切でなくなってしまいました・・・。私は昔から疲れすぎると声が出なくなるのです・・一種のバロメーターですね(笑い)

 

 今日からは「始動開始!」で~す! パソコンの直しや自宅の方付けや、こどもみらい研究所のセミナーのテキスト作り、今週末のNLPフォーリーフのマスターコースの諸準備など、そしてカウンセリングが入っています。その間、閉じる為の諸準備があります(笑い)。

 

 今月が勝負~!です。まずは頑張る!そんな今月です。

 

 そうそう、「ハブ」の事ですが、良く思えばそんなにたいした話ではなく、石垣の小学校の修学旅行で、竹富島に行った石垣の人の話・・・ちなみに、離島でも、「石垣・竹富、西表、黒島、小浜島」、にはハブはいますが、「鳩間島、波照間島、新城島、与那国島」にはハブはいないのです。

 

 ハブにかまれたら、自分で処理するのが一番命が助かる方法だそうです。石垣や沖縄本島に行かなくては血清はなく、またそれまで1時間以上かかる事が多いので間に合わないのだそうです。

 

 まず、ナイフがあれば、切る。そして血を出す事! ない時は皮膚を噛み切ってとにかく血を出す事、だそうです。また、西表島の方が2回ハブにかまれた時の事を聞きましたが、病院に行って切ってもらう時のメスが麻酔なしで、全く痛くないそうです。つまり、それほどハブにかまれた方が痛いという事らしいです。大の男の人でもその痛みには耐えられない様です。

 

 そんなハブがいる竹富島に修学旅行に行った時の石垣島のかた。校庭にテントを張って寝るのだが、その周りには一面の硫黄(を置くのだそうだそうです)。その硫黄で囲んだ周りにはもうハブがウジャウジャ・・・怖がった女子生徒の為に、校舎の2階の部屋に移動。当然ハブも着いてくる・・入口にまた硫黄! 決して入ってこれないそうです。

 

 いろんな修学旅行があるものなのだな~、と思ったハブ関係の話でした。しかし、現実にはめったにホテルなどでは出ませんし、(ハブの方が人間は嫌い逃げるそうです)まずは大丈夫とは思いますので、ご安心を。

 

         ☆ドラキュラにはニンニクと十字架!ハブには硫黄! 菅野康子でした ☆

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「思い出される海の風景」

今日都会の中に存在していた私でしたが・・・、ふと思いだされるのは、毎日(たった4日間でしたが)観ていた「海」でした・・・風が強い海の風景・・・

 

 朝8時には、離島(石垣も離島ですが、笑い)に行くジェット線が右に左に走るのです。そして私がついた前日までは豪華客船がいたとのこと。ちなみに私がついた翌日の朝私が観たのは2隻のタンカー船でした(笑い)

 

 不思議なことに、気付いたらあっという間にいなくなっているのです!動き出したら早いですよね~、船って。今回も行きましたが、石垣から西表島までは40分です。

 

 出港したら、まず、右手に石垣島、左手には竹富島が見えます。その間を進みながら、西表島に着く手前では、右手に中羅さんで有名になった小浜島、左手には黒島がみあり、またその間を進みながら、西表島に到着です。

 

 私は15年前に「探求者」として西表島に10日間位行った事があるのですが、今回は観光者として・・・全く気分が違いましたね~。どう違うのかって、やはり観光は、表の部分だけをサラーっと見回る・・。探求者としては、地元の方達の力を借りながらホントに色んな場所に行きました。

 

 その意味では、今回の西表島はとても懐かしい気分でした。勿論かの有名なイリオモテヤマネコには前回も今回も、全く影も形もお目にはかかりませんでしたが・・現在100匹くらいはいるとのことでした。

 

 耳はまるく、身体の部分はひょう柄なのが特徴です。良く、見た!という人は、家猫と間違っているそうです。猫と思ったら、イリオモテヤマネコに見えるのは人間の心理ですね(笑い)。多分私もそうだと思います。

 

 そろそろ明日のセミナーの為に今日は休もうと思います。また石垣関係で気付いた事を書いていきますね! お勧めの島々ですので、是非お楽しみに♪

 

                     ☆離島に行って始めて住みたいと思った 菅野康子でした ☆

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