昨日の「内閣不信任案」だが、これを見ていて、見事に先日の「エキスパート」で伝えた「ダブルバインド(二重拘束)」状態を自民党議員さん達の一部(?)は起こしていることが分かり、面白かった。(不真面目に言っているのではありません)
野党から出された「不信任案」に対して、賛成の白票を出しても、自分自身の崩壊。反対の青票を出しても自民党の崩壊(と思われる)。 どちらに投票しても「葛藤」が起きているのは間違いない。
こういう状態、つまりどちらにいっても・・・! どちらも・・・! 身動きできない状態を「ダブルバインド」という。 その割には流石現在の自民党議員、全員「青表」を出した。見事だ(私は気の毒に思っているが・・・。何にしがみついているのだろう・・・?と思う)
「不易と流行」という言葉がある。 変わってはいけないものと、時代と共に変わらなくてはいけないもの、があるのだ。
私はもう約10年前からアメリカの様に、2大政党の形式が良いと思っている。1党政治が長く続くから、官僚との癒着が起こるのだ。
私自身も今の民主党が決して良いと思っているわけではない。しかし、まずは政権交代から始めてお互いの党が切磋琢磨しながら、その先に何があるか? 「国民」に目がいって欲しいと願っている。
学校の先生も親達も、なんのために「子供」を育てているのか・・・? 現在の状況は、政治家も親も先生も(全員とは言わないが)子どもに目がいっているとは思えない事が多い。 自分の事だけなのだ(家族も含めて)。
同じ事が今の政治やさん達ではないだろうか。 先日あるコメンテイターがこう言っていた。 「自民党の総裁が総理大臣になっているのは事実だ。しかし、総理は自民党だけのものではない。 国民の代表なのだ。 そこを思いなおすことだ。」その通りだと私も思う。
相手を見ていると自分が見える。総理は国民を居ていると自分のエビデンス(証拠)なのだ。 子どもを見ていると、親も先生も自分が見えるのだ。
そこのところをもう一度、私たちは考えていこう!
☆ 何処に目をむけるのか?を伝えたい 菅野康子でした ☆
石川遼くんが、全英オープンの予選ラウンドにて、憧れのタイガーウッズと回ることが発表された。 ず~っと「憧れの存在」として言い続けた人とのラウンド。彼の言葉にも「本当に夢のよう。「世界の人間の中で僕が一番あこがれている人のプレーを目の前で、しかも試合で見られる。物凄く刺激を受けると思う。でも試合だから見入ってしまってもいけない」 と言っている。
大会主催者も組み合わせを考える時、色んな事を考慮すると思うが、まさしくこの組み合わせは(もう1人はイギリスの人気ゴルファー、リー・ウェストウッド)石川遼くんが歓迎されている事、高く評価されていることと他ならないと思う。 TV中継なども考えて・・・(笑)。 それを、今回は、実力で勝ち取った遼くんは凄いと思う。
そこでいつも私が感じる遼くんの言葉だ。 彼は、決してマイナスの言い方をしていない。 いつも、プラスに、ポジティブに、肯定的な言い方をしている。 皆さまも気がついていらっしゃることだと思う。
日本でも、昔から「言霊(ことだま)」という言葉があるが、NLPでも先人たちの伝えの中で(うまくいくために先人たちの事を調べまとめた心理学)肯定的に言おう、何故なら「脳は否定を感知しない」から、と言っている。
そうなのです。私たちの「脳」は「否定」を感知しないのです。 皆さんが、「白熊ではない動物を思い出して下さい」といわれたら、どうでしょう? 「白熊」が最初に思い出されるのです。 そして、あれではない動物は何か・・・?となるのです。
同じ様に、「かっかしない自分になりたい」と言えば、まず「かっかしている自分」を思い出すのです。 で、あの状態ではない自分・・・と遅くなります。ややこしくなります。 最初から「穏やかな自分になりたい」と言えばどうでしょう・・・? すっきりはっきりしませんか? 自分の言葉には、「魂」がこもっているのです。 素直に言いましょう。 楽になりますよ~。
そんな観点からみても、遼君は私の知る限り、いつも肯定的に発言しています。 このタイガーウッズとの同組の知らせを受けた時もそうでした。 「うそ~!? マジですか~。(と、本当の情報と分かると、手を膝につけて・・・) 緊張するな~・・・」 とあった後の言葉は全て、肯定的なものでした。そして「練習ラウンド落ち着いてやろう」 最後に「こんな情報を伝えてくれて有難うございました」 と相手の事も考える言葉も加えて。(自分にとって、最高の喜びを受け止めた)
だから、若干17歳といえども、世の中の大人たち(ゴルファーだけにとどまらず)に何かしらの影響を与えているのだと思う。同じ様な人に、浅田真央ちゃんもいる。 彼らに限らず、トップのアスリートたち、トップの人たちは、言葉はほとんど「肯定的」なものだ。
まずは日常で自分がどんな言葉の使い方をしているか?を自分で気がついてみる事は如何でしょうか。
☆ 当たり前に肯定的な言葉になっている 菅野康子でした ☆
こどもみらい研究所のセミナー「エキスパート」の初日2日間が終わった。 講師にとってホットする瞬間でもある。新しいメンバーの中で、無事に終えるだけでなく、意欲を高めて次回に繋げる・・・そんな初日、2日目の役割があるから。
そして、毎回気付く・・・受講者の方たちから逆に「意欲」を頂く私・・・ 本当に、皆様、時間とお金を使ってこうして参加して下さっている。 そして私はその期待を裏切るどころか、更に色んな視点、観点から見ていく事を含めての講義をする。
当たり前といえばその通りなのだが、この緊張感が私は大好きなのだ。 何故ならそのあとの受講者の方たちの変化を確実に見る事が出来るから! 最終日が今から楽しみな私である。
そして、そこにはいつも私をサポートしてくれている仲間がいる。 この事は何にもましてただただ「感謝」の言葉しか出てこない。また、今は、8月30日の「こどもみらい研究所」の「5周年記念講演会&パーティ」の為に、いろんな方たちが更に私を助けて下さっている。 一言でいうと、「繋がり」である。 私が直接知らない方でも、私を知っている方からの紹介で繋がっていく・・・。
そして、今夜もそんな「繋がり」から、セミナー終了後、記念パーティでお渡しする(言っていいのかな~?笑)「小冊子」の編集の時間があり、今終わった。 入稿日が近付いた!(嬉しいです♪) 完成に近付いてきた!
思えば5年前から会う人会う人に言われ続けた「小冊子は必要だよ」の言葉を、気にはなりながらそのままにしてきた私・・・。 それが、5年経った今、ようやく形になろうとしている。 一言、「感謝」の言葉しか出てこない、現在の心境である。
携わって下さっている皆様! 本当に有難うございます! 皆様の想いも含めて、私もこれからも皆さまと共に、前に進ん行きますね。 もう少しですが、どうぞ宜しくお願いいたします!
☆ 感謝という言葉しか今は出てこない 菅野康子でした ☆
昨日東京ドームに行って来た。 現在ラストツアーの「サイモン&ガーファンクル」の公演の為に♪ どうだった・・・て? もっちろん「最高のコンサート」だった、私にとって。行って本当に良かった・・また行きたい!と思った。
今も曲を聴きながら、こうして書いているが、何がこんなに私に思わせるのか?と考えた・・・・。 何だろう・・・? それは「九州に育った40年前の私と、今の私」そして「当時から素晴らしい結果を残していたサイモン&ガーファンクルの40年後」 との「共有」だった。
曲は全く今も生きていた。素晴らしい楽曲なのだ。全部で(アンコール込)24曲歌ってくれた彼らだった。 最初に見た時は「ウワッ、年取った~(笑)」 だった。しかし、それは一瞬だけだった。 勿論、私も年とっていたわけだが・・(笑)。
あっという間に、2人の素晴らしいハーモニーに魅せられた。そしてどの曲も知っていた。不思議なのはそこだった。私は特別に彼らの大ファンだった、という訳ではなかった。 でも、殆ど(彼らのシングル曲は知らないのもあった)知っていたのだ。つまり、それだけ、彼らは私の生活に入り込んでいたのだ、いつの間にか・・・。(先日亡くなったマイケル・ジャクソンにも通じるが)
これって凄い事ですよね~。 アメリカっていう国でチャートで1位に何度かなるって言う事は全世界に発信されていたってことなんですね。(今頃~?笑) そして、私は映画「卒業」に魅せられた1人でもある。 あの歌はあの映画の中での歌は今もはっきりとそのシーンが思い出される。
あの田舎娘だった私が、まだ「恋」もよくは知らなかった私が、こうして彼らと同じ場所で彼らの歌を聴きながら同じ場所にいる。時代を共有した仲間だ、そんな意識すらあった。 今の時代と違って、あの(40年前)はアメリカも日本も、大きな「価値観」が変化していった年代なのだ。 ベトナム戦争、ヒッピー、フォーク、そしてロック・・・ 私の周りでの60年安保、70年安保、大阪万博、反戦歌・・・・
好きだったサイモンもガーファンクルも、アンコールが鳴りやまない私たちの姿を見て、戸惑いながらも嬉しそうだった。私も心から楽しめた。自分を改めて知った。彼らは現在67歳! まだまだ世界中を回って歌い続けて欲しい♪♪♪
☆ サイモン&ガーファンクルは私と共に・・・・菅野康子でした ☆
良く聴くこの言葉、小さい頃の私は意味が良く理解出来ていませんでした。 なんだか「刹那主義」みたいなものとも違いが分からなかったり・・・(笑) バッカでしたね~(笑)
そして、昨夜も仕事が終わり自宅に帰る前の「気分転換」のひと時で、「山久(さんきゅう)」さんに行きました。 ここは、お蕎麦屋さんですが、おそばは勿論のこと、1品料理が季節ごとにいろいろ変わり、本当に美味しいのです。 おかあさん(と読んでいる女将さんのこと)は、前から趣味で求め続けた和食器他、季節感をいつもお店に出して下さって、子どもが大きくなってともすれば忘れがちな行事も思い出させてくれます。
昨夜もお父さん(大将のこと)が「お帰り!」と言って、お店に出迎えて下さいました。 この言葉も、本当にうれしい言葉です。 そんな中でのひとときは私の、ホット出来る瞬間でもあります。
そして昨夜はカウンターで女性が2人いらっしゃいました。 素敵な方たちで、どうやらお一人がお誕生日らしいのです。そして大きい声で歌い(その事はすでにほかのお客様は帰っていらして、我々だけだった・・・。) 星座の話をし、「誕生日は感謝祭」の話をし・・・ いろいろ楽しい時間を過ごしました。 お父さんからの差し入れ、いも焼酎を飲みながら(笑)。
話しながら、「この方たちときっとまた会える」と思う反面、「一期一会」を思いだしました。 もし、これで2度とお会いする事がなかったとしても、私はこの方たちとのご縁をずっと覚えているだろうということを。だからこそ、「今この瞬間を大事にしよう」と。
「今を生きる」のです! それは「今が良ければいいのだ」とは大きく違います。 時々私の子供は間違っているらしい事を以前は感じていましたが・・・(笑) この考え方を私は既に40年近く持っています。19歳の時、初めてヨーロッパに行きました。そこで知り合った方たちとのご縁が、今の主人と繋がっているのです。 不思議ですよね~・・・(その頃の方たちとは今はお付き合いはありませんが)
家族にも同じです。私は「後で言おう」はあまりありません。(全くではありませんが・・・) 気付いたら、今話します。相手の様子を見ながらではありますが。
そして、最近は、この一期一会ではありませんが、電車の優先席に座って携帯をしている人たちに言え初めています。今しかないからです。今日も自由が丘で降りる時ではありましたが、若い女性人小さい声で「ここの席では携帯はやめましょうね」
その女性は、パタッと携帯を閉じて頷きました。きっとびっくりされた事とは思います。 しかし、マナーは守るべきだと私は思っています。 何故なら、今日はその女性の隣に座っていらした年配の男性が何度もその女性の方を気にしながら見ていました。 きっとひょっとしたら、ペースメーカーが入っていらしたかも! 分かりませんが、とにかく、その女性の様に、言われた事がないから(だろうと思いますが)びっくりされます。 しかし、皆さん、そのとおりですね、という感じです。 マナーを何故守るのか?とか、マナーがあることすら、気付いていないので、守っていない、という意識がないのです、きっと。 悪気が合うわけではないのです。 だから、私も、その方だけに聞こえるように、優しく言います。
こんなおせっかいはあって良いと私は思っています。 今大人たちから言われない子ども(身体は大きくても、20歳でも、30歳でも)たちが増えています(大人たちも)。 出来る事からやっていきましょう! 相手の立場になっていきましょう! 勿論自分も大切にしましょう!
☆ 今を大切に生きる 菅野康子でした ☆
先日から、拉致された蓮池薫さんがテレビで語っていらっしゃる。 それは、最近風化されかかっているから、忘れてはいけない、「拉致されたまま、まだ残っている人たちを帰って来て貰う」為に。
いろんな局で語っていらっしゃるその、蓮池さんご自身の姿(役割)には頭が下がる。 1日も早くこんな理不尽な事は解決しなくてはいけない、と私も思う。 政府は何をしているのか?とも思う。 私に何が出来るのか?とも思う。 だってこんなおかしい事が、誘拐事件が、なんでこんなにまかり通る世の中なの・・・・? と思う。
当事者そしてそのご家族の想いを想像することすら難しい。 悲しみ、哀しみ、怒り、寂しさ、虚しさ、絶望、そして希望・・・・・・
蓮池さんの言葉にこんな事があった。 鳥越さんの質問の答えだ。
鳥越: 「辛かったですか」
蓮池: 「辛かったですね~、将来が見えないことが・・」
鳥越: 「(小さく)そういうことか・・」(違う答えがかえってくると思っていた感じ)
そうなのですよね。私たちは、アイデンティティ(自己認識)を奪われ、その先にあるはずの将来が見えない、ということが、どれだけ「希望」をなくしていくのか!
日本人であるアイデンティティが、ある日、自分の意思ではない状態で、しかも恐怖や不安の中で、違う国の人にされてしまう・・その「目的」が何か?は結局分からない、と蓮池さんは今は言っていた。
当たり前に暮らす事が出来ている私は、このことからも、「絶望」を持った人に「希望」がある、と伝えていきたい。
☆ 1日も早く拉致された方たちが日本に戻って来れます様に! 菅野康子でした ☆
最近こんな話があった。友人の一人がお買い物に行った。そして、車に荷物を載せようと駐車場に戻った時、何か違和感を感じたそうだ。 そしてその隣の車の中には70歳くらいと思われる女性が運転席に、じー~っと座ったまま、動かない・・・。
そこで私の友人はハッと気付いた。そのじ~っと座ったまま動かない女性が、自分の車にぶつけた・・・! (こんな時の「感」って意外とその現場を見ていなくても感じて分かるんですよね、笑) そして、自分の車をチェックしたら、やはり、角の部分が何だかおかしい、しかし、特別に修理に出すまでの事でもないかも・・・と彼女は判断した。
そしてそこから・・・なのだ。 皆様ならこんな時はどうします? 私の友人は結局、相手の女性に何も言わないまま、自宅に戻ったそうだ。 しかし、帰宅してからも「怒り」ではないのだが、何だかモヤモヤしていたそうだ。そして彼女は言った。 「もし私なら、きっと“ごめんなさい”っていうだろう。しかし相手は、ただじ~っと座ったまま動かない。何なのだ・・!」みたいな~。
そこで私は言った。もし私なら、まずは 「相手の女性の方に聴いてみる」 と。 後で後悔するよりか、(何故あの時にそのまま帰ってきたのか、とかやはり口惜しい、とか黙っているままの相手を責めたりとか・・・) それならそこで聴くことだ。
相手はきっと、「自分を守った」のだろう。 ぶつけた! 見られたかもしれない! どんな持ち主なのか!・・・と怖かったのだろう。しかしそれは、やはり道義的に許されることではないと思う。 悪かった時は「ごめんなさい」だ。
そしたら、そのあとが、このケースの様に、あと後まで引きづらないと思う。 きっと相手の女性は「、しめしめ、何ともなかったぞ、良かったわい。」とは思っていないと思う。 きっと、この私の友人の様に、何故あの時に素直に「ぶつけました。 ごめんなさい」と言わなかったのだろう、といつまでも良心の呵責があると私は思う。
そのためにも、その時の事はその時に解決しておくことなのだ。 友人の話から、私ならどうする?で思ったので書いてみました。皆様ならどちらの立場でもどうしますか?
最後に、友人が私に言った。 「じゃあ、みるからに怖そうな○〇○みたいな人と分かった時はどうするの?」 即座に私は答えた。 「そのまままっすぐに帰る!」 (笑)
☆ あなたならどうする? どうしたい? 菅野康子でした ☆
私たちは毎日の生活の中で、色んな出来事に巡り合いそしてそこから選択をしていきます。 そんな時まず、何をしているのでしょうか。 考えたり、相談したり、必要な事を調べたり・・・とその時々の事がらによって、動いています。
そしてそんな中にも必ずあるのが「感情」というものです。 そこに目を向ける → どうしたいか? → 行動あるのみ!
なのです。どんなに良いアイデアが浮かんでも、自分の中だけではどんな事も解決には繋がりません。 ただ、行動あるのみ!なんです。
ますは、行動しながら、体験・体感し、それを経験に持っていく。 その繰り返しの中で、きっとあなたが「どうしたい?」と思っていた事は、手に入っていると思います。 こんな事を言っている私自身、今まさにそんな心境で、行動しています。
私はどうしたいのだろう?と自分に問いかけながら・・・
☆ 行動することから全ては始まる 菅野康子でした ☆
今、あまりにお腹が空いていたのでスモークチーズを食べています(幸いな事に冷蔵庫にありました
)。そういえば、朝から何か食べたっけ~? こんな風にお腹がすくと、人はイライラしてくるものなのか・・! (笑い) それも、日常生活で、きちんと食事が出来ている事に感謝ですね。
世界中と広げなくても、今この瞬間に、この日本でもお腹が空いて既にイライラする元気も残っていない人たちも沢山いるのですよね。 私はなんて自分の事しか考えていなかったか・・とも思います。
そんな私なのですが、昨日そして今日と「変!」と思う事にまたまたぶつかりました。以前にも経験したのですが、久しぶりにまた遭遇してしまった! 郵便局でのこと、です。
主人の仕事の支払などを私が行っていますが、その1件が郵便局払いでの事。 10万を超えるものは、代理(つまり私)の保険証がいるとの事。しかも当然主人の保険証も必要。 また、更に、事業名では受け付けられないとの事(個人名に変更後、保険証(しかもコピーして郵貯保管)がいるとの事。
そのあたりの事は仕方なく理解はしている私ですが、 おかしくありませ~ん? だって、その他の支払いも一緒にしているのですよ~。当たり前に、事業主が先方への支払をしている状況っていうのは分かっているのですよ。 ただ、四角四面に「法律できめられているから」だけで、私は2日間、郵便局に通いました(時間を作って)。 しかも地元の郵便局でもう25年以上同じ事を行っているのに、地元での信用もあるのに・・・です(郵便局の人たちは若い人たちに変わるから仕方ない部分もあるけど)
数か月前、息子の学校関係の支払でも同じ事がありました。誰がどうみたって、親が息子の(学費ではありませんでしたが)関係の支払をするのに、「10万以上だから駄目です」 「ではどの方法がありますか?」 「窓口に来ている貴女のお名前でなら」 と、その場は結局私は大学1年生になって支払をしました(私は保険証を持っていたから)。すぐに息子に連絡をとり、母の名義に変わっているからと指示。(その時は息子の保険証が必要と言い張っていました。そんなの本人が持っているじゃないですか!)
これって本当に「何か変~?」ではないですか? テロ資金の供与やマネーローンダリング(資金洗浄)に利用される事を防ぐため、法律に基づき、お名前・・・・確認・・・ですって!(つまりは、自分は関係ないと言いたいのです)
しかも自分の預金からおろすのに、何故勝手に下ろす事が出来ないのでしょうか? 先日知り合いの方が急きょ200万必要になり、郵便局に行ったところ、すったもんだが会った末、やっと100万だけが下せたそうです。 これって「変~!」じゃないですか・・・・?(いよいよ日本も末期的らしいとその時の知り合いの情報通がいっていました。これマジ話です)
こんな事に怒っている私は、(どこに怒っているかといえば、・・・どこなのでしょうね・・・? 官僚主義の郵便局の態度にも仕方無い、この人たちは、と思う反面、融通が利かない、おかしいことをおかしいと言えない気の毒な立場の人たち、とも思うし・・) なんでもこうして一様に「テロ・・」とか言ってい一般市民を、管理しようとする管理社会もおかしいし。もちろん政治やさんたちにも腹立たしいし・・・・!
そのくせ、こんな事をして、一般市民を苦しめておいて、肝心のテロには相変わらずお金は流れるし・・・バッカじゃな~い!と実は私は思っているのです。
あ~、まだ全然スッキリしないですが、皆様はこんな経験はありませんか? 「変」なのは私の方・・・・?
☆ まだまだどなりたい事は沢山ある 菅野康子でした ☆