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2009-05-20
「裁判員制度に思う」
- 2009-05-20 (水)
- 菅野康子の「ちょっと真面目に」
明日から、いよいよ「裁判員制度」が始まる。 朝日新聞では、今日までその「候補者」の方たちに今の気持ちを聞いて掲載していました。
その殆どの方が、戸惑っていらっしゃるご様子、私にも理解出来ます。 仕事との両立はもちろんのこと、その多くが「人を裁くこと」に対してでした。
人は人を裁けません。 当たり前のことです。しかし、現実にいろんな事件がおこり、それらを 裁く事が裁判なのである意味仕方のない事なのかもしれません。
「人に死んでしまえ、とは言えないが、凶悪事件の被告を心の底から許すことはできるのか」と悩む僧侶。 「一般人とそての自分と職業上の自分とどちらに重きを置けばよいのか」と悩む臨床心理士。(これもおかしいと、私は思いますが、何故なら、一般人も臨床心理士もあなたがやっているのですよね、と言いたいです。どこで区別をしてるのでしょうか?)
また、「感情に流されることなく冷静に判断できるのか不安」と悩む自営業の女性。そして「法律の知識が十分にない一般の市民が量刑を適切に判断できるわけがない」という 男性。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を皆様はご存じだと思います。 先ほども書きましたが、 「人が人を裁く事はできないのです!」 そこをまず大きく考えなおす必要があると思います。 そこには何故その事件をおこしたのか?というその人の背景があるのです。 その人一人の問題ではないのです。
親や、友人、周りの人・・・がいました。その人は最初から悪いことをしようと思って生まれてきたのではないのです、きっと。 人には「肯定的意図」というものがあるのです。きっとSOSを出していた時もあったのです。
ただ、それでも結果として、たとえば絶対にやってはいけない「人の命」を奪ったとかそれらは許してはもらえないのです。人が人を裁く事と同じ様に、「人は人の(他の動植物も)命をけっして奪ってはならないのです!」
だから、この世で犯した罪はこの世で償う事が大切だと私は思います(カルマなどもありますから)。たとえ、正当防衛でも同じことです(あえて誤解を恐れず言いますが)。
子供たちが小さかった頃、私も、もしこの子たちに万が一があったら、絶対に相手を許さない、法律でなんか裁かせない、私がこの手で仕返しをする、と思っていました。 しかし、それは (実際にお子様や親しい方を他人に奪われた方には辛いという言葉でも言い表せないと思いますが、そして申し訳ないと思いますが) 間違いでした。 単に私の「エゴ」だったと今は思っています。
私たちは、そのことから「何に気付けといわれているのか?」を学んでいくのではないでしょうか。
自分たちの「脳」に反応している私たちは、ニュートラルをまず覚え、そして判断する事が大事と思います。
いずれにせよ、明日から「裁判員」になられる方たちには、そこから学ぶ事が沢山おありになると思うので、真摯に頑張ってください、とエールを送ります。
☆ NLPトレーナー ヒプノセラピスト 菅野康子 ☆
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