- 2010-12-05 (日) 20:40
- 菅野康子の「ちょっと真面目に」
最近多い話題の一つに、学校の先生のおかしい言動がある。今日もまたあった。それは、学校の宿題(課題)に「やらなければ呪われる)と書いたそうだ。保護者からの指摘で、その先生は「最近やってこない生徒が多いので書いた」と訳分からない答えをしていた。
先日から、罰ゲームと題してのさいころや、数学の問題に「死」に結びつける絵を書いたり・・・情けない先生方が実に多いのは嘆かわしい事だ。さいころゲームにしても「ハグ」そのものや「キス」そのものが悪い訳ではないのに、残念である。
また、子ども達も同じだ。どんなに熱くて汗が出ていてもコートを脱がない子ども達が増えているという。「熱いから脱ぎなさい」と言うとその答えはこうだ。「え、脱いでも良いんですか?」(あきれて物も言えない!)
要するに、自分で「考える」事をしない先生、子ども達が多くなっているのだ。これは、ひとえに「家庭の教育」がなっていないからだ。原因は核家族化や地域の繋がりがなくなってくいている事、などもあるが、まずは教える親たちが、自分に「自信がない」ことからきている、と私は思う。
自分に自信があるかないかは、「自分を信じるかそうでないか」と言う事である。
私が行った大学は2年生の教養課程で1年間「道徳」授業があった。この通年の授業は学長が行なっていた。私はカトリックの大学だったが、学長(シスター・セント・ジョン=渡邊和子)は37歳で学長になったのは日本で一番若い年齢だそうだ。そしてこの授業が大好きだったのは、カトリックの教えというよりは、学長自らの体験談などを通しての教えだった。
学長は5歳の時、目の前で父親を殺された経験を持っている。渡邊穣太郎さんといえば、お分かりの方も多いだろうが、2・26事件で当時教育長長官だった方だ。先日当時の殺された写真を週刊誌で見たが、この現場にいたとおもうだけで、心が震えてきたのを覚えている。そんな学長も60歳を過ぎてうつ病になったことも言っていらっしゃる。あるがままに生きているかたと今でも私は尊敬している。
そんな授業を受けたせいか(昔の修身)自分の潜在意識、つまり良心にも繋がる事を私は大事にしてきた。子育てを3人してきたが、長女の時など、それまで全く周りに赤ちゃんがいなかった私は最終的に「おっぱいとおむつを変えてたら死にはしない」と覚悟が出来て退院したのが子育ての始まりだった。後は、ただただ先輩ママの言う事を「自分もそうだ」と思う事を行ってきた。
それらは振り返ってみたら「自分を信じてきた」のだと思う。そしてそれは「自信」となる。もっと自分自身を信じて欲しいと私は節に思う。
☆ もっとみんな自信を持とうよ! 菅野康子でした ☆
関連する投稿
コメント:0
トラックバック:0
- このエントリのトラックバック URL
- http://kodomomirai-blog.com/%e8%8f%85%e9%87%8e%e5%ba%b7%e5%ad%90%e3%81%ae%e7%99%92%e3%81%97%e3%81%ae%e6%99%82%e9%96%93/2010-12-05/%e3%80%8c%e8%87%aa%e4%bf%a1%e3%80%8d-2/trackback/
- Listed below are links to weblogs that reference
- 「自信」 から チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2


