- 2010-12-01 (水) 9:08
- 菅野康子の「ちょっと真面目に」
今朝の新聞でこんな記事が載っていた。「電車で化粧をする人はそこは“社会”なので、無関係だから化粧は出来る。しかし一人でも知っている人がいるとそこは“世間”になるから化粧は出来ない」と。
何だかおかしくないですか・・?以前ブログでも書いた様にまず電車の中は「公」の場。皆で気持ちよく過ごすためには最低限のルールがある、と私は思っています。
この論理で行くと、「人は世間は気にするが、社会には無関心」と言う事は、この二つにはどのような違いがあるのでしょうか・・・。知って入る人がいたらそこは「世間」知らない人ばかりの中では「社会」・・確かにこの様に分けることも出来ますが、私にとっては世間も社会も同じです。社会の中に世間というカテゴリーを作ったのではないかと認識しています。
私たちは一般的に「世間」を気にして生きている人が多い様に思います。それは悪い事ばかりではなく、先の化粧の様に気をつける、ことにも繋がっています。しかし「世間」のは何をしてくれるのでしょう?世間体ばかり気にして、自分の思う事を行っていない人を私は多く観てきています。そこには「自分」を見失っているし、自分に責任をとる事をある意味放棄している様に思います。
まだまだこの件についてもかけることは沢山ありそうですが、今日はこの辺で。
☆ 世間と社会はどう違う・・? 菅野康子でした ☆
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