- 2011-08-06 (土) 12:13
- 菅野康子の「夢」「願い」
今日の東京新聞にも、高校の先生が、県が決めた事以外言うなという事で、教職を辞めたという記事が載っていた。その先生は、「生徒に申し訳ない。被曝を知りながら、伝えられない自分に耐えられない。彼らが被曝するのを見ているのも辛い」との事。
そしてご本人は来週北海道に居を移すそうだ、これに対しても「生徒を置いて、自分だけが安全な所に逃げていいのか、という引っ掛かりは今もある。生徒達には、不安があったら手伝うよ、不安は表現してもいいんだ、と伝えた」そうだ。私はこうして、自ら行動すると言う事を評価する。
この言葉からも、その奥にどれだけの想いがあるのか、討論すべき内容そして事実があるのか、と思う。辛い決断だと思うが、これが今の福島(本当は福島だけではないのだが)の現状だ。哀しい現実なのだ。国や県は安心と強調するだけでその健康は全く考えていない。何故東電を守るのか?おかしすぎる!(以前も書いたが、辞めた清水社長が何故5億も退職金を貰うのか?そしてそれを聞かれた清水さんは「私にも老後がありますから」と答えたという)
自主避難民にはびた一文出さない。そして彼らは二重生活に苦しんでいる。震災自殺者も更に16人増えた。今日は、巨大デモが東電前で行われる。私はセミナーがあるので参加できないのだが、4時からスタートという事。
さて、千葉、埼玉より東京の方が数値が高い!参考までに載せますね。
http://nature720.blog49.fc2.com/blog-entry-25.html
そして 「たね蒔きジャーナル」を永岡さんがまたアップしてくれました。これも知るべきことだと思います。今日は広島原爆記念日です。私も朝、黙祷しました・・・
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今日は、広島で原爆に会った墨アーティストの月下美紀さんのお話がありました。
原発事故関係のニュース、福島の人が住民票を写さなくても避難先で受け入れられる法案が成立しました。
セシウムを含むえさが牛に与えられていたこと、問題の3500頭を全て焼却処分し、飼育している牛1頭に5万円、これで500億円かかり、国は東電に負担させる予定です。
そして、水野晶子の「どないなっとるねん」にて、今年は放射能被害者が生み出された8月6日であり、月下さん、福島におられます。平和を訴える活動を行う70歳の方です(男性)。月下さん、被曝体験から、放射能に脅かされている人たちを放っておけず、福島入りは3回目です。
月下さんの被曝体験、4歳半で爆心から4kmで被爆、原爆が、太陽が落ちてくるように爆発し、家に飛び込んだ瞬間に家ごと吹き飛んだのです。瞬間の熱線は5000℃であり、家の中にいてこれは免れたものの、家、木はなぎ倒されました。生き延びた人もケロイドを受けて、家族は全員助かったものの、それを言える状態ではなかったのです。放射能の影響も、当時何ミリシーベルトという情報はなく、日本は占領下で、プレスコード(報道規制)が7年間あり、その間原爆報道はなく、医学的な支援もなく、アメリカは犯罪を行ったと月下さん言われました。アメリカは情報を100%隠したのです。
月下さん、サラリーマン生活を経て、平和への活動を行いました。平和運動は占領下ではできなかったのです。独立して、原爆報道が出来、第5福竜丸事件があり、原水爆禁止運動が盛り上がり、これで反対できると思っていたら、これがイデオロギーで分裂し、本来の被爆者の気持ちによる運動にはならず、被爆者はあきらめ、挫折したのです。
80年、「10フィート運動」、アメリカの公文書で、アメリカの撮ったフィルムを買っての運動が始まり、これからようやく盛り上がったのです。しかし、月下さん、反核・平和運動をあきらめて、海外の人と活動することが多く、日本人に理解してもらえないのが、核廃絶、現実の日本はアメリカの核の傘の下にいる、アメリカの核に守られて、核廃絶はない、「暴力団に守られて、暴力反対と言っているのと同じ」との指摘がありました。核廃絶は世界の問題なのに、これで、日本は説得力をなくしていたのです。
その月下さん、原発事故で、新たに活動をはじめられました。3・11が起こり、14日に水素爆発で、その後、海外の友人(オランダ、アメリカ)は、海外で原爆のきのこ雲が放映され、その後福島の爆発が放映され、日本は2度もこんな目にあっていると報じられていたのです。それで、何が出来るかであり、当初は生活再建のみで手一杯であり、しかし、70年間草木も生えないと言われていた広島で生きてきた、その思いで、6月に福島に行かれたのです。
月下さんの思いは、放射能は取り除けないが、放射能汚染されたものも食べないといけない、その間、一生懸命生きることを当時の被爆者がやってきた(希望を持って生きてきたのではない、生きたことが希望である)わけであり、それを、次の世代の人に、「大変な時代を生きた人がいた」ことを伝えたい、福島の人も、「大変だけど生きてください」と訴えるために月下さん、福島に来られたのです。「生きること自体の大切さ」を説いているのです。被爆直後、食べるもの、着るもの、医薬もなく、出産して、赤ちゃんも生まれてきて、大変な状態であったのです。
月下さん、詩を書いて、墨で書いておられて、「生きろ」とのメッセージがあり、タイトルが「生」であるのです。福島の人と一緒に生活して、ハウトゥーはない、生きるとはハウトゥーではない、生きることが大切なのです。月下さんが元気で生きていることが大切なことなのです。これから仮設に入る人に「和」という字を書いているのです。
66年前のヒロシマを体験された月下さんの言葉、皆様はどう感じられたでしょうか?私は、16年前の阪神・淡路の後に、神戸新聞が「生きる」という企画を続けたのを思い出しました。以上、お知らせいたしました。
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下記は、小出先生の講演会の様子です。
htthttp://www.ustream.tv/recorded/16441349
今私達が、自分たち個人の事そしてこうして全体の事、両方考えていくべき大事な時期なのではないでしょうか。
★ 放射能を出す核はいらない! 菅野康子でした ★
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