- 2011-05-25 (水) 11:34
- 菅野康子の「夢」「願い」
この言葉は昨日24日、44年目に冤罪が晴れた杉山さんと桜井さんの記者会見でのものです。この言葉を言うのに、何故44年もかかったのでしょうか?何故毎度の様に、検察・裁判官はこうして無実の人を、何の権利があって、長年縛る事が出来るのでしょうか?そして亡くなった人は帰ってきませんし、真犯人はどうなっているのでしょうか・・・?
現在、日本弁護士会は「この布川事件は、取調べの可視化(録音・録画)を全過程で行わなければ意味がない事を証明した。」として捜査の様子を全て検証できる様にすることの必要性を求めたという。別事件ですが、最近も元検事が(現在弁護士)無実の罪で収監された方(すでに亡くなっている)のご家族に謝罪に行った様子をテレビで放映していました。初めての事だと言います(検事が被疑者に謝罪)。その息子さんは言っていました「初めて・・初めてですよ。貴方を殺したいと思った。」と。そしてその後「これでお互いにやっと前に進んでいく事が出来ますね」と笑顔になった。(この無視古参は仕事も失い、そして父親の為にがんばった11年だったそうです)
何故こんな事が起こるのでしょうか・・。先の元検事は言っていました。「そろそろ君もあきらめなさい(つまり、起訴する事はもう決めているんだから、の意)と上司に言われたと。この元検事は、心を失ったという。どうでもいいや・・みたいな。組織とはそういうものかもしれません。しかし、検察や裁判官はそれで良いのでしょうか?
現在日本でも、アメリカ型で裁判員制度が導入されています。その中で「死刑判決」について大きく取りざたされてもいます。私の知り合いにも、その「死刑判決」に関わった方もいます。人が人を裁く事に対して(ましてや命を扱う事に対して)、どれだけの心が揺さぶられる事でしょう。想像するのも・・・(この後の適切な言葉が見当たらない)。有罪判決を出した元裁判官の一人は「物象がなくても有罪になる事件はいくらでもある。有罪判決が間違っていたとは思わない」と言っています。
又関わった別の元裁判官は「無実の人が罪をかぶるというのは大変な問題だ。司法全体として、二度と起こさないよう、反省や検討の場を設けるべきだろう」と言っています。いつの世も、どこの世界も、同じ事を経験してもこの様に二分されるのです。(二極化です。どちらからも学ぶ事が出来ます)
「人に嘘はついてはいけない」、と私たちは教えられてきましたが、「自分に嘘を付く事はもっといけない」のです。
また小沢一郎さんの資金管理団体「陸山会」の土地取引事件の公判でも、同じ様な事が起こっています。水谷建設の社長が証人として出廷したが「その場に立ち会っていないので本当に金が届いたかどうかは分からない。」元秘書の方たちもこれらの受領はずっと否定しています。・・・いつまでこの様な茶番劇を続けるのでしょうか?でっち上げ事件とはこういうものです。
そして誰が、何故、何のためにこれらの上記に書いた様な事をするのでしょうか? 私たちは起きている事を、マスコミで報道される事だけで判断しいてはいけない、と言われているのではないでしょうか。今世界は、何かが大きく変わろうとしています。変わるという事は時としてめんどくさいものかもしれません。しかしその気持は「怠惰のあわられ」なのです。私たちは「成長」する為に今生きています。そして生かされています。その為には「気付く」事なのです。「目覚める事、時」なのです。
本当は勝ち負けではないのが「真実」ですが、それでも「真実は勝つ」のです。私たち一人ひとりがそれを知っています。
☆ 変化は成長する為の第一歩・・・・菅野康子でした ☆
関連する投稿
- 新しい投稿 »: 「学校給食が危ない」
- « 古い投稿: 「”原発の安全性について訴えてくる”と菅総理」
コメント:0
トラックバック:0
- このエントリのトラックバック URL
- http://kodomomirai-blog.com/%e8%8f%85%e9%87%8e%e5%ba%b7%e5%ad%90%e3%81%ae%e3%80%8c%e5%a4%a2%e3%80%8d%e3%80%8c%e9%a1%98%e3%81%84%e3%80%8d/2011-05-25/%e3%80%8c%e7%9c%9f%e5%ae%9f%e3%81%8c%e5%8b%9d%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%8d/trackback/
- Listed below are links to weblogs that reference
- 「真実が勝った」 から チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2


