- 2011-05-03 (火) 10:57
- 菅野康子の「夢」「願い」
ウ(オ)サマ・ビンラディンの死が公表されました。これで、本当にテロが収束すると思っている人は果たしてどの位いるのでしょう・・・。米国オバマ氏大統領の政治的な成果は得られたとは思います。が、それ以外に何を得る事が出来たのでしょうか・・。NY市民の歓喜の声・・?世界中がホッとした・・・・?
もし、911が言われているように、米国の自作自演だったら・・?ビンラディンは犯人に仕立て上げられていたとしたら・・・?もし、(これも言われているように)、既にビンラディンは亡くなっていたとしたら・・・?では今回の公表された人は誰・・?
こうして考えたら、報道される事のみを丸ごと信じる気持にはなれません。そしてでは何故この様な事がこの時期に行われるのでしょう・・・?色々と考えさせられます・・・。
この様なことから私は「一歩上の目線から、つまり違う観点から見たらどうか」と思うのです。物事は全く違った様相を成してきます。例えば「目には目を、鼻には鼻を、口には口を、歯には歯を・・・」で有名なコーラン(イスラム教経典)、これらは、「同じ報復を」と一般的には捉えられています。
私も幼い頃からこの「目には目を」の解釈はその様に思っていました。そして何かが引っ掛かっていました。しかし、先に書いた様に違う目線で観てみたら・・・、はっと気付く事があったのです。あくまで、私個人(宗教家でも哲学者でもありません)の解釈なので、あっているとか間違っているとかでの判断はご容赦ください。
最近このブログでも書いている様に、良寛和尚の「災難に遭いそうになったら遭う」という事と繋がったのです。もしかしたら、「目には目を~」も、良寛和尚も、キリストが言っている「右のほほを打たれたら、左のほほも出しなさい」も、その先に伝えたい事は皆同じなのではないか、と言う事を。
一見、このコーランでの教えは「報復する事」、と受け取れますが、その奥には行動そのものは違っているように見えても、先にあるもの、つまり「受け止める事」に繋がるのではないかと思うのです。まず受け止め、戦うのではなく、更にそこに「光=愛」を当てることまで、言いたいのではないかと思うのです。
そう考えたら、勿論テロで亡くなった方のご家族その他の気持は哀しいし、悔しいし、辛いし、言葉ではいえないだろう様々な感情が、そして現実があると思いますが、そこに「怒り」を持ってきたら、また新たな「怒り」を作ってしまう(今の現実ですね)・・・。しかしそこに「愛=光」を持ってきたら、皆が救われていくのではないでしょうか・・・と思うのです。「赦し」にも関係する事でしょうか・・・。
今朝の新聞で憲法第9条改正に反対はたったの59%でした。変える方が良いは、何と30%もいる事に、私は懸念を覚えました。今回の大震災でも分かるように、東京が、沖縄がその他多くの焼け野原にしたあの戦争をまだするという事にも繋がる事を、日本人として私は決して賛同する事は出来ませんし、したくありません。今進行中の原発事故にも私の中では繋がるのです。命に関係するものは、人間の力で引き起こしてはいけないと思うのです。決して!「争いから融合・調和」に行く事ではないのでしょうか・・・。
救いの言葉は、今朝一人の解説者が言っていたのですが「現在の状況では、10年前と違って平和の方に向かっていっているのだとは思います」でした。また、911で息子さんを亡くされた父親の方は「息子は帰ってきません・・・」です。(ここでは詳しくは書きませんが、一人ひとりの魂の目的があるのです。だから現実にはとても許されることではないが、受け止めなくてはいけない事なのです)
今日は憲法記念日です。目の前の現実(震災など)もありますが、私たちは同時にもっと「平和」に関係する事にも目を向けていかなくてはいけないと思っています。
☆ 国境のない世界を望んでいる 菅野康子でした ☆
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