- 2011-01-22 (土) 0:01
- 菅野康子の「夢」「願い」
昨日、病院(皮膚科)で待っている間(何と1時間半も待ったのだが・・・<emoji:face_pinch>)、その間に半年前くらいに買っていた「<strong>嵐が丘</strong>」をやっと読み終えた。普段中々小説を読む時間が取れないので、ここ数ヶ月電車の中や、今日のように待ち時間(銀行、病院など)で少しずつ読み続けた。
幼い頃読んだこの「嵐が丘」なのだが、数十年ぶりに読み終えた今も、全く新鮮で実に面白い本だった。何故半年くらい前から急に読みたくなったのかは実は私自身にもよくは分からない。ただ、無性に読みたくなったのだ。ヒースクリーフに会いたくなったのだ。そして読み終えた今・・・とても一言では言えないが、彼の心が今はとても辛いほど分かる気がする。(ご存知の方が殆どだとは思うが、簡単に言うと彼は孤児で保護された家の主人が亡くなった後は、愛情のかけらも与えられなかった。そしてキャサリン(主人の娘)との魂の繋がりの中で、結果生涯を閉じるが、その間の彼の他人や息子に対する仕打ちが目を覆いたくなるような非道なやり方なのだ。簡単に言うと「悪魔の化身」みたいな感じ)
そのヒースクリーフやヘアトン(キャサリンの兄ヒンドリーの息子)を通して感じるのは、人間の持つ前提の「愛」がいかに大切なのかを再確認したという事。「<strong>スポンサーシップ</strong>」と言って、互いの「尊厳」を大事にする想い、言葉などが、そこにはかけらもない世界があった。
そんな中、目に留まったのが「<strong>児童施設職員らの虐待59件</strong>」という文字。これは2009年度の初の全国集計だ。児童施設だけでなく、ご存知刑務所などでも日常茶飯事の様にこの虐待は起きている。一体何故?と私は思うのだが、その人たちも「肯定的意図(*どんな悪い言動の中にも必ず肯定的な意図がある)」があるのだろうが、よりによって、ただでさえ、虐待などを受けて施設に入っている子ども達に追い討ちをかける虐待が何故出来るのだろうか・・・!
施設の職員らによる虐待が発覚したのは、<strong>1995年に職員が子どもをバットで殴り骨折させた</strong>りした問題になった事を始めその後毎年の様に十数件が厚労省に報告されているという。現在も高校生を対象にアンケートをとった結果、4人に1人が「職員からとても嫌な思いをさせられた」と答えているという。(言われた、叩かれた、殴られた、など)
そして現在九州に住む29歳の女性は、2歳の息子の世話をしていると、「<strong>育てられたというより、飼育されている</strong>、という感じだった」と施設での日々がよみがえり涙が止まらなくなるという。しかも夜中にご主人から「お前座っているぞ」といわれるそうだ。自分でも気付かないうちに布団の上で正座をしているそうだ。体を横たえても暫くするとまた「また座っているぞ」と声を掛けられるという。
女性が暮らした施設では、職員が子どもを叩いていたそうだ。その為、年長の子ども達が年下の子ども達に暴力を振るうのも普通だったという。その女性も真夜中に先輩に蹴り起こされ正座させられていたのだという。だから、息子が食べ残すのをみるとまた涙が出るという。施設では食べ残したり遅かったりすると、茶碗で頭を叩かれた・・・。息子が足をばたつかせて言う事をきかないと、職員から手足と口を抑えられ苦しい思いをしたことを思い出すという。
他にも職員が運転する車の前を走らされたり、勝手に日記を読まれただけでなく、コピーされたこと・・・。そして自分も年下の子に暴力を振るうようになったし、時には職員を殴り飛行にも走ったという。彼女は17歳で施設を出て、工場で働いたりホステスをしたりした後結婚した。そして「<strong>私の周りにはいい人がいたから、心が折れずにすんだ</strong>」と言っている。しかしその一方で「どうして私だけが施設を追い出され職員はずっと同じ様に働いていられるのか!って思う」と言っている。
<strong>職員側もまた言い分はある</strong>と思う。「あまりに賃金が安い」「半数以上が虐待を受けて入所した子ども達は様々な怒りを職員にぶつける」「最近は発達障害の子ども達も多い(それらへのスキルがない、学ぶ時間もない)」「職員の人数が圧倒的に少ない為対応が出来ない」などなど。しかしどんな場合でも、どんな事情があっても子どもたちに暴力はいけない。この29歳の方の様にトラウマとなって残るし、また自分も同じ事を子どもにするようになる例が殆どだ。(その連鎖反応を断ち切った人たちもまたいるのも事実だが、かなりの周りの協力と真の愛情が必要不可欠だ)
「きれい事しかいえない人」とまた思われる人もいるかもしれないが、嵐が丘のラストのキャシーとヘアトンの様に、人は愛情を持って接すると時間はかかるかも知れないが変われるのだ。トラウマの解消方法もそのスキルは今や沢山ある。その一つは「<strong>癒し(ヒーリング)</strong>」だ。そして「聴く事」(虐待を受けた人が話せるようになったらしめたもの)。まだまだあるが、私たち全員が持っている「愛」に皆が目覚めたら、世の中は今のギスギスした、また閉塞感の中から変化していくと私は信じている。
☆ 虐待をする方される方、どちらも心が痛いのは同じ 菅野康子でした ☆
関連する投稿
- 新しい投稿 »: 「コミットの大事さ」
- « 古い投稿: 『2コ1』
コメント:0
トラックバック:0
- このエントリのトラックバック URL
- http://kodomomirai-blog.com/%e8%8f%85%e9%87%8e%e5%ba%b7%e5%ad%90%e3%81%ae%e3%80%8c%e5%a4%a2%e3%80%8d%e3%80%8c%e9%a1%98%e3%81%84%e3%80%8d/2011-01-22/%e3%80%8c%e8%99%90%e5%be%85%e3%80%8d/trackback/
- Listed below are links to weblogs that reference
- 「虐待」 から チームMIRA菅野康子のリラックスタイム2


