- 2011-01-15 (土) 15:16
- 菅野康子の「夢」「願い」
今日は26歳の男性の話しだった。当時小学校4年だったが、揺れが収まり、真っ暗な中を手探りで外に出たら、周りは真っ赤で赤く燃え盛っていたと言う。あまりのショックに声が出なくなったと言う。数日後水を汲みに公園に行った時、「困ってへんか?」「気をつけてな」「風呂に入りににおいで」そして「ちょっとやけど持っていき」と知らないおじさんがみかんやバナナ、おにぎりをくれたという。その頃「何でこんな事してくれるんやろ、自分の分も足りないかもしれんのに」と思ったという。分からなかったが、声をかけられると嬉しかった、という。
そして高3の進路を決める時期、「人と関わりあう仕事」として「介護職」を選び2年間学んだ後4年働く。その間、ホームには認知症の方が多く、自分の子どもの名前も忘れているのに、彼の名前は覚えていたり、他にも彼なら着替えをさせてくれたお年よりも多いという。亡くなった方のご家族からは「安心して逝けたと思います。」等と言われ仕事の励みになったという。
が、子どもの頃から好きだった「車関係」の仕事がしたいという願望が強くなり、葛藤の末、転職。その後結婚子ども生まれ校感じたという。「親になって分かった事がある。あの時声をかけてくれた人たちは、小さくて無力なこどもを助けたいと思ったんだ。」と。そして今は自分の手で子どもを守りたいと思っている、と言っている。
この様に、17年経って理解出来る事があるのだ。先日のブログでも書いたが、お義母さんの想いが25年たって分かった方などもそうである。自分がその立場に立ってみて初めて分かる事が多いものだ。しかし、ならば、泥棒の気持は泥棒をしなくては分からないのか?と屁理屈をこねる人もいるが、私たちには幸いにも「想像力や思いやる心」というものがあるのだ。全く同じ事ではないにしても、似たような経験から、その時の感情は理解出来るものなのだ。だから人にも優しく出来るし、優しくされたら嬉しい。声を掛けられて嬉しかったといた当時10歳の少年は今その「意味」が分かったのだ。きっと彼の言っている様に、これから彼は彼の子どもだけでなく、周りの子ども達にも声を掛けていく事だろう。
しかし今なお続く「揺れ」への恐怖、ちょっとした振動が怖いのだ。これこそは経験した人でないと分かりにくいかもしれない。身を守る為に私たちは「怖さ」を覚える。そしてあのような大震災などは、その怖さも尋常ではない。体に染み付いたものなのだ(これからの身を守る為に)。列車の振動、強風の中の揺れ、そんな度に震災を思い出すという。PTSDだが、これらはNLPの「フォビア」というスキルがあるのだ(過去ベトナム戦争以来多くの兵士達を救っている。いわゆる「恐怖症の克服」、というもので緩和されるか、無くなる。私自身も極度な「高所恐怖症」だったが、全く今は無くなった。「一瞬にして身についたものは一瞬にしてなくなる」のだ。シンプルだ。もっともっとNLPのこれらのスキルが拡がっていくと良いと願っている。
この「あの頃受けた優しさが今は分かる」という26歳の青年の様に、私たちは巡り巡って受けた恩などをこれから出来る時に次の人たちにあげていくのだ。
☆ 優しさのめぐり合い 菅野康子でした ☆
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