- 2010-09-30 (木) 10:59
- 菅野康子の「夢」「願い」
「挑戦」という日本語より、「チャレンジ」という英語に変えた方が受け取りやすい人がいるかもしれない。ニュアンスとして、「挑戦」というと、無理な物に対してのがむしゃらに向かっていく、そんな一般的なイメージがあるような気がする。「チャレンジ」はまやってみよう、出来る所まで・・・みたいな~(人によって違うので、あくまで「私は」という意味)
だから、やはり私にとっては「挑戦」と「チャレンジ」の意味合いは少し違う。その奥には同じものがあるから、結果は自分にとって合う言葉を選べばよいとは思う。(何だかややこしい文章でごめんなさい。しかし「言葉」の持つ意味、そしてそれを自分がどの様に受け取るか、で大きく違ってくるのです)
今朝の新聞に「がけっぷちの挑戦 道開いた」とのコラムが載っていた。内容は、司法試験に挑戦して今回が8回目、ラストと決めた「挑戦」の女性(31歳)の話。
彼女は大学2年の頃、弁護士に憧れ、そして6年連続で不合格。その間派遣社員として金融機関・ビジネス関係などをやった。家庭では、母に「見ているのが辛い」と鳴かれる始末・・・そして7回目の挑戦は勉強仲間の4人は合格したが、彼女は不合格・・・。
周りを観ると彼女からしたら「絵に描いたような人生」(結婚・出産など)を着実に進んでいるように見える・・。しかし彼女は未だに家からも出られず奨学金の借金は既に数百万・・。・・・・・・・・しかし、彼女はどうしてもあきらめきれず、しかし今年で最後と決めた司法試験。
発表会場に近付くと喜びと落胆の声が段々近くなってくる・・そして・・・「あった・・・・!」8回目の合格!体が震え、涙がこぼれる・・・そして思った。「苦労は無駄じゃなかった」
現在彼女は司法書士の手続きをしている。やっと入り口にたどり着いた彼女、そして彼女は言う「これからも私の道を歩いていく」と。
これは本当に「挑戦」だ。自分の可能性を信じて、しかし今回が最後ときめた「後のない挑戦」だった。ここには「覚悟」がある。そして何より彼女は「夢」を持っていた。きっと大学2年の頃、弁護士の何かを見てその姿を自分の「役割(もしくは使命)」と思ったのだと思う。
「夢」は掴むまで追い続けるのだ。周りの諸状況も今回の彼女の様に色々あるだろうが、だ。そうすると「夢」は手に入るのだ。途中であきらめたり止めてしまうから手に入らない、ただそれだけなのだ。シンプルだ。
このコラムはとても私たちに「勇気」を与えてくれる。時間がない、お金がない、友達がない・・・すべてそれらは「言い訳」に過ぎない。やりたくない「口実」に過ぎない。人のせいにしたいだけにしか過ぎないのだ。
そしてそれが早く見つかる人はラッキーだ。彼女みたいに大学2年の頃(つまり20歳の頃)に見つかるのは。それは早く見つけられればそれに越した事はない。それこそ家庭・経済状態などを考慮して・・・。しかし、「自分のやりたいこと」がまだ見つからない場合、決してあせる事はない。その時の判断で行動を起こしていく事だ(結婚も良い。勿論一生懸命は必然)。すると、その中から必ず「繋がるもの」が出てくる。それを考えたら、自ずと自分のやりたいことが見えてくる、そんなものだ。
「挑戦」この言葉は私は好きだ。そして今も私は新たな資格の為に「挑戦」し続けている。可能性を信じているから! 応援お願いしま~す♪
☆ 挑戦大好き! 菅野康子でした ☆
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