- 2010-09-22 (水) 10:06
- 菅野康子の「夢」「願い」
毎日生活をしていたり仕事の上でも色んな事が起きています。人との関係や、事柄(その事も何かトラブルがあるとしたら、元は人との関係になります)においても・・・。
悪い事(と思っている)だけでなく良い事(嬉しいことなど)もあります。それらの全ては「自分が作っている」のです。「思うとおり」になっているのです。決して我侭が通る、とかの意味で言っているのではありません、念のため(笑い)。
幽霊が怖い、怖い・・・とか思っていると、枯れ木も幽霊に見えますよね。あれも同じです。何かに「恐れ・怖れ」を持っていたら、その「恐れ・怖れ」がやってきます。
「何かに気付く為に何かが起きている」のです。そこでその事柄などにどの様に接するのかで、後が違ってきます。
「人のせい」(あの人がこう言ったから、あいつがこうしたから・・)にしていると、いつまでももっと酷い状況になって「気付け」といわれることが起きます。自殺も同じです。苦しいから逃げたくて死ぬ・・・気付いたら死んでいた・・それらも何ら気付かなくて「逃避」した結果は、もし運よく生まれ変わってこれても、もっと酷い苦しい人生が待っています。更に苦しい人生を送ることになります。
私たちが生きている意味って「魂の成長」だからです(と私は思っています)。苦しい事も楽しい事も、皆自分が作っているのです。だから「幸せって思える事だけをしていきましょう」そうすると、まわり回って、その事が自分にも人にも返っていきます。(なかなかそうは行かないのも人生ですが、それは先ほどから話している「気付き」に繋がっています)
私は「自分の責任」と知ってから「自由」になりました。皆様ご存知の「自由には「責任」が伴うし、「責任」をもつと「自由」になれるのです。言葉を変えて言うと「責任意識」か「被害者意識」か・・?となります。自分で責任意識を持っていきていくと「自由」になれます。何かトラブルが起きた時も自分で対処できるようになります。被害者意識だとそうはいきません。「不自由」なのです。 親のせい、社会のせい、学校のせい・・・・。
そして責任意識を持てるかどうかは「信じる=自信(自分を信じる、と書きます)」更に「信頼」に繋がっていきます。信じる事は出来ても、頼る事は出来なくなります(厳密に言うと、責任意識と被害者意識の「頼る」は意味が違います)。
信頼とは「命を預ける事」と私は思っています。丸ごと、理屈ではなく信じていることなのです。自分も、そして相手も。
☆ 信頼の意味を愛猫から教えてもらった 菅野康子でした ☆
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