- 2010-05-25 (火) 12:12
- 菅野康子の「夢」「願い」
「東京都大田区の“気まぐれ八百屋だんだん”には、辺りが暗くなると、子ども達が集まってくる。内装は3年前につぶれた居酒屋のまま。小上がりに座り込み、テーブルに問題集やノートを広げる」
これは、今日の朝日新聞の「五線譜」に載っていた文面の始めの所である。思わず私は「何だろう?」と興味を惹かれ、読み進めていった。
まとめると、こういうことだ。店主の近藤博子さん(50)が開く「ワンコイン寺子屋(1時間500円)」に、「塾だと高いから」、などの理由で子ども達がそれぞれの勉強道具を持って集まってくる。おやつタイムには皆、そわそわだと言う(笑い)。
そこには、ボランティアで教えている清島みさきさん(23)の方や、他の塾でも教えている河合良治さん(62)、また、店主の長女の百合菜さん(16)などがいる。彼女は「小学生と一緒でうるさくない?」の質問に、こう答えている。
「それがいい。小さい子が楽しそうにしていると、“勉強って楽しかったな、時分も頑張らないと。”と思うから。それに、学校と違って、周りと比べなくていいから。」
河合さんは「ここで答えを見つけた」という。「教えるのではなく、寄り添うだけがいいんだ。」
こんな場所が何処でも良いから増えていったらよいと思う。思えば、私の幼い頃には「塾」など勿論なかった。しかし、幼稚園で終った後、小学校受験の子ども達(私もだが)に教えていたり、小学校の時には、ある友人の自宅で何人か集まって先生に勉強を教えてもらっていた経験がある。今思うと、「塾」のはしりなのだろう
一概に(勉強に関して)どちらが良い、などと今言うつもりではない。それぞれのよさがあるから・・。しかし、この「寺子屋」(私はこの言葉が大好きだ)にはまず
1.地域住民の良さがある。
2.老若男女の人々がいる。(幅広く視野が拡がる)
3.勉強が楽しくなる(宿題も出来る習慣がつく)
4、おやつタイムでコミュニケーション能力が自然とつく。
「人と比べない」という当たり前の事が、今何処にいってもなくなってきている様に私はおもう。そんな中でのこの「居場所」に参加している子ども達の将来は、多分明るいのではないだろうか、と私は思っている。
私達も「居場所」は自分で見つけていくのだ。自分の居場所は沢山あるのだ。その努力もしないで、命を粗末にする人もいる・・・。みな「バランス」だ。「辛い」経験をした人はそれだけ「優しい」気持も知っている。中庸に戻ろう!
☆居場所を創り続ける 菅野康子でした ☆
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