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「井上ひさしさんの想い」

井上ひさしさんが75歳の若さで亡くなった・・・私が思う井上ひさしさんは尊敬してやまない生き方をされて、私たちに課題を託して、自らはもう「役割はここまで」とこの世から姿を消された方にみえる・・・

 

 自ら「遅筆堂」を名乗っていた方だったらしい。エピソードが新聞に載っていた。「演出家の栗山民也さんがある時、焦る想いで執筆中の旅館を尋ねた・・・ふすまの隙間から井上さんが見えた・・・裸電球の卓上ランプをともして原稿用紙を積み上げ、机に15㎝位まで顔を近付けて、必死のさまで一字一字を刻んでいた・・・言葉が生まれる血のにじむような光景に、涙がこぼれそうになった、と回想していらっしゃる、という」

 

 「言葉の持つ力」をとことん信じた井上ひさしさん・・「日本語は、主語を隠し、責任をあいまいにするのに都合がよい、その曖昧に紛れて多くの人たちが戦争責任から遁走した」と日本語を色んな角度からみつめてやまない方だったという。

 

 鎌倉にお住まいの中で「鎌倉・九条の会」を設立し、護憲・平和運動にも積極的に参加してこられた方だった。2005年に発足。大江健三郎さん、故小田実さん、故加藤修一さんたちと共に「アメリカのイラク攻撃や、改憲の動きに反対」して、全国規模でも「九条の会」も結成していらしたとのことである。

 

 「鎌倉市は全国に先駆けて平和都市宣言をしており、鎌倉こそ、憲法第9条を大切にする理由がある」と訴えた。しかし、鎌倉市は発足記念講演会の前に一旦決定した市の名義を使った後援を「行政の中立性、公正性を保つため」(はあ~???ですね、お役所の考え方っていうのは)という理由で取り消した。

 

 今後の会の運営はなだいなださんは「奥様たちと相談して進めていくことになりそうだ」、また経済評論家の内橋克人さんは「自分の身代りになった人々のお陰で戦争を生き延びた世代として、9条がなければ人間の生存権も守れない、という事をいい続けるしかない」とおっしゃっている。

 

 そんな井上ひさしさんの想いが周りに浸透している中、井上ひさしさんの有名な言葉がある。「むずかしいことをやさしく」更に「やさしいことをふかく」だ。

 

 私もセミナーの中で毎回思う事がこれだ。そして受講者の方にもその事を伝えている。亡くなられて始めて井上ひさしさんのこの言葉にめぐり合った私だが、後押しをされた様な気持でとても嬉しく感じている。

 

 私自身も「改憲」には絶対反対しているし、「9条を守る事」こそ私たちの後世に伝える大事な役割の一つだとも思っている。何か出来る事から始めていきたいと思っている。井上ひさしさんの生き方をこれからも学んでいこうと思っている。

 

  心からご冥福をお祈りいたします。「ひょっこりひょうたんじま」の世代の私はあの番組で「笑い」「仲間」を知りました。感謝しています。

 

                   ☆想いは引き続かれる・・・菅野康子でした ☆

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