- 2009-02-17 (火) 14:33
- 菅野康子の「自然」「バランス」「癒し」
沢山の「執着」がある中、どんな執着であろうとも、それらは「欲」なのだという事に、今更ながらはっきりと気付いた私である。
どんな執着でも、「リリース(捨て去る)」する事が、大切だと私は思っている。 何故なら、自分の心か軽くなることだから。 この所、色んな出来事が同時進行してきている感じの私の環境だが、それらを一つ一つ見ていても、行きつくところは「自分の欲」に行きつく。
執着の中には、その思いの中には、必ず「肯定的意図」がある。それらに気付きながら、丁寧に肯定的意図を満たしながら、癒しながら、捨てるものは捨てていく、そして、癒すものは癒していく ・・・つまりは、やはり「バランス」を取っていく事が必要なのだと思う。
自分の「心と体」のバランス、「人と自分」とのバランス、その中にも沢山の細かくバランスを取る事があるが、大きくはそれらの中から、今の自分の状態を見ていきながら、そこから「気付いていく」ことが、必要だ。
しかし、自分の「欲」を見ていく事は、少々辛い事かもしれない。 最初の頃は、例えばそれらは「物欲」 かもしれない。
車が欲しい、家が欲しい、指輪が欲しい、コートが欲しい、パソコンが欲しい、バイクが欲しい・・・そしてそれらが満たされてきたとしたら(物欲に興味のない人たちも多くいる)そのあとの「欲」は何だろう。
今度は、目に見えないものの「欲」になってくる。 支配欲、権力欲、・・・それらを満たすために、人は頑張っている。 しかし、そこには、「バランス」を取る事が必要なのだ。
私自身の場合は、そうですね~、例えば「自分の仕事の片腕になってくれる人を望んでいるとしましょう。 その人が、成長し、さあいよいよ完成に近付いた、と思うと、それらがなくなっていく・・・」そんな例があったとしましょう(あまり、分かりやすい例ではないかもしれませんね、ごめんなさい)
そこを、良くみていくと、そこには、自分の「欲」があるのです。その裏には「執着」があるのです。それまで、その人と関わった時間、想い、そんなものが「執着」です。本当は、そんなものはないはず、なのです。しかし、深~く見ていくと、やはり、しっかりと、あるのです(笑)。
それらを「手放して」こそ、本当の安らぎぎが来るし、人も集まってくるのです。 自分とその相手とのバランスがとれていると大丈夫なのだと思います。 その人通しの「ミッション」、や「役割」が一致していると、と言うことです。
今、書きながら笑ってしましました。「~だ」から、いつも間にか「~です」に変わって言っていること。小学校の国語の時間にもう一度行かなくては。。。(笑い)
そんな事に気がついたら、だんだん自分が楽になっていきます。 「気付く」と言う事がそれだけで「癒し」に繋がるのです。
私もまだまだ「楽になれるチャンス」が山ほどあると思うと、何だか可能性があって嬉しくなります。 考え方次第で、これからの進み方が、その心の想いが大きく違ってきますね。 皆さんも、「自分の執着」が何か?に気付いてもっともっと楽になりませんか?
* こどもみらい研究所 ホームページ: www.kodomo-mirai.jp
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