- 2009-05-21 (木) 9:04
- コミュニケーション、NLP、各療法について
今朝の新聞投稿欄に 「おせっかいはやっぱり大切」 とあった。 内容は、バスの中で優先席に座る若者に説教する「おせっかいおばさん」の投稿に対してのものだったが、この投稿者自身がまだ学生だったとき(現在52歳)こんな経験があったそうだ。
パン屋さんで菓子パンを一つ買った際に、1万円を差し出した時の事。年配の店員さんに 「あなたね、買い物をする時に黙って大きなお金を差し出すものじゃないのよ」
ポカンとしているとこの投稿者に 「お札は、大体はその1割以上のものを買う時に出すの。1000円札は100円以上。1万円札は1000円以上のものを買う時に出すのよ」
親からも先生からも言われた事がなかったこと、とこの方は振り返る。そしてそれ以降やむをえず大きいお札を出す時は「すみません、大きいのしかなくて」 と断ってから出す様になったそうだ。 そして、大人は、若い世代に時には言いにくくても 「伝えていく気持ち」を、若い世代は 「言われても素直に受け入れられる気持ち」 を持つことが大切。と結んでいた。
私は、自分を振り返ったら、この事は 「当たり前」になっていた。 例えば、朝コンビニなどでの買い物でも、「すみません、朝から大きいお札で」 と断ってから出している。 別に親からも先生からも言われた覚えはない(笑)。ひょっとしたら、忘れただけなのか、生きていくうちに周りを見て覚えたのか・・
この事は、「相手の気持ちに立つ」 という私たちのコミュニケーションのベースにあるものではないのだろうか、と私は思う。 よく何かあったら時に「相手の気持ちになってみたら・・?」 などと言われるあの言葉だ。
たかだか「お釣り」たかだか「優先席のバス」だけではないのだ。 その奥に、何が控えているのか? そこを考えたら、人はおのずと、この様な事は起こらない。そしてそれだけでなく、人とのコミュニケーションが取れていくのではないだろうか。
という私は、未だに電車の優先席に座って携帯電話でメール、ゲームをしている老若男女(若い人だけではないのだ)にはなかなか言えない(かつて一人の男の子にだけは言ったが)。 化粧をしている女性も同じだ。 人には関係ない、と思っているのだろうが、まず 「自分を大切にしていない」 事に気付くべきだ。 人が不快になるのは何故だろうか?
きっと、最低限の社会のマナー、ルールに反しているから、と私は思う。 コミュニケーションとは、決まった相手とだけおこなわれているのではない。 ルール、マナーは人の為にある様に見えるが、実は自分自身にあるものなのだ。
私は、これからも「おせっかい」でいようと思っている。そこには、相手をよく観察して、心の架け橋(ラポール)が大事。相手を非難する気持ちで伝えるなら、やめた方がよい。 「相手を思う、ということが、自分を思う」 という事に気付いていこう! 一見相手に行っている様に見えるが、もしそのままにしていたら、あなたはその後気になりませんか? 一人の人に「気付く」チャンスを与えられなかったことに。 「自分はどうしたいのか?」 です。
だから、私はこれからも気付いたら声をかけようと思います。電車の中の携帯も・・・(ホント?)
☆ NLPトレーナー ヒプノセラピスト 菅野康子 ☆
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